道化師は嗤う


嘘つきは今日もトランプで遊ぶ。

いつもそうだ。寂れたバーの片隅にある小さなカウンター。気づけばそこにいて奇っ怪なトランプ遊びをしている。顔に着けたチェシャ猫の面はノイズ混じりの機械音で嘘を吐く。

『今日の午後、レインボーブリッジが墜ちるよ』

『五日後、巨大な隕石がアメリカに墜落するよ』

そんな風な突拍子のないことばかり言うので常連客達は面白がった。常連客は酔った中年のサラリーマンが殆どだった。
そしてその『予言』は勿論全て嘘だった。


『明日、ボクは消えるよ』

とある日の、夜も更けた頃に奴はそんなことを言い始めた。
店内は一瞬静まり返ったが、すぐに笑いの渦が押し寄せた。

「そりゃあ大変だ!」

「お別れをしとかなくちゃな。ほら、飲め飲め!」

くたびれたスーツを着た、がたいのいい男が彼の前にコップを置いた。
そこになみなみと酒が注がれたが、チェシャ猫の面は見向きもせずトランプ遊びを始めた。
ギ、ギ、ギ、ギ、と響く壊れた歯車みたいな音は奴の笑い声。


翌日、店に立ち寄ってみた。二日連続で来店したのはこれが初めてだったかと思う。
店の前には小さな人だかりが出来ていた。どうしたのかとは聞くまでもなかった。

店に電気はついておらず、鍵もかかっているようだった。定休日だなんて特には聞いていない。
そういえば昨日、なんて話が常連客からぽつりぽつりと上がり始めた所で、小窓から中を覗き込んだ男が声を挙げた。

小窓には一枚のトランプが、内側から貼られていた。
トランプが示しているのはジョーカー。しかし道化師の顔はチェシャ猫に描き換えられていた。

「こりゃあ、一杯食わされたな」

常連客の一人がおどけて言った。
他の客たちも肩を竦めて、わいわいと笑いながらどこか別の店へと消えて行った。

すっかり人気のなくなった路地に、どこからか壊れた歯車の音が響いた。


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