あいつは人魚の生まれ変わりらしい。自分でそう言っている。
離れた目、低い鼻、飛び出た頬骨。長い黒髪はきつい天然パーマのおかげでうねりにうねっている。
人魚というより半魚人だろ、と誰かが言った。みんなが笑った。俺も笑った。
しかしそんなあいつがいじめを受けなかったのは、その声のおかげだった。
鈴の鳴るような声というのは今までいまいちピンと来なかったが、まさにあの声のことを言うのだと思った。
あいつの声を聞くと嫌な気持ちが不思議と消えていく。とりわけ歌は凄まじいものだった。
悲しい歌を歌えば皆が涙を流し、喜びの歌を歌えば辺りは幸福に包まれた。
人魚の歌には人を惑わす恐るべき妖力がある──とこの前立ち読みした本には書いてあった。
あいつが本当に人魚の力を持っていたとしたら、なんでも思いのままにできるというわけだ。いじめられないどころかモテることだってできるはずだ。
まあ、いくら声が綺麗でもあんなブスで電波は俺なら御免だ。俺の好みは清楚で可愛い女の子。あいつとは正反対だ。
ある日、校門を出た所で弁当箱を忘れたことに気づいて俺は教室に引き返した。
廊下には歌声が響いていた。どこか悲しい歌だった。
教室を覗くとあいつがいた。悲しげな歌を口ずさみながら、窓側の後ろから二番目の席に愛おしそうに指を置いた。その席には青い弁当袋がぶら下がっていた。俺の席だ。
俺の気配に気づいたのか、あいつが顔を上げた。目が合った。
あいつは頬を赤らめて俯いた。血の気が引いた。
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