桃太郎高校(3/5)


「まったくもって不名誉な話だ。なあ、どう思う?」

翌日の放課後。
桃川は第二理科室にいた。教壇を挟む形で黒板に向かい、好物のきびだんごを噛み締めながら問い掛ける。

「そうですね」

桃川の問いに、教壇が応えた。否、教壇の影から若い男がひょっこりと顔を出した。理科、主に生物を担当している教諭──鬼渡である。

「それはちょっと…酷いですね」

苦笑を浮かべながら鬼渡はせっせと手元を動かしていた。ビーカーやプレパラート、ペトリ皿など実験用具が次々に教壇の上へと並べられる。

「だろう?髪の色さえ違うかったんだぞ。向こうはギンギンの真っピンクだったんだと。本当、舐めてるよな」

話ながら桃川はなんとなくペトリ皿を一つ手に取り、眺めていた。鬼渡はちらちらとそちらに注意を配りながらも器用にカミソリでタマネギの薄い甘皮を切り刻んだ。

「あいつは、私を憎んでる」

ぽつりと呟いた桃川の言葉に、鬼渡の手が止まった。

「憎んでる?」

「ああ、間違いない」

「…何故そう思うんです?」

ゆっくりと、作業が再開された。一ミリ角にカットされたタマネギの甘皮はピンセットで一枚一枚丁寧に剥がされ、桃川の手から渡されたペトリ皿に並べられて行く。

「何故、か」

キラキラと僅かに輝く甘皮を見ながら桃川は呟いた。

「理由なんてない、直感だ。私があいつを憎んでいるようにあいつも私を憎んでる。それは宿命的なものなのかもしれない」

鬼渡は何も言わず、ビーカーの中の薬品をペトリ皿に注いで蓋をした。

「あっ、残ったタマネギ、食べます?」

「私が食べたいのはきびだんごだ」

「でしょうね」

笑って鬼渡は後片付けに入った。

「でもね、桃川さん」

鬼渡が背中を向けたまま言った。用具に触れて跳ね返る水音が音楽を奏でていた。

「そうやって疑われたり、利用されるのって、やっぱり普段の行い…態度のせいなんじゃないでしょうか」

桃川は、応えなかった。
教壇の上に置いた巾着袋からきびだんごを一つ取り出し、忙しそうに左右上下に揺れる肩を眺めていた。

「……桃川さん?」

鬼渡は振り返った。すぐに桃川と視線が合致した。

「あ…」

途端に鬼渡の顔がみるみる青くなった。細い蛇口の水はビーカーに注がれ続け、細かな泡を立てながら溢れ流れて行く。

「い、今のは、一般論というか…そそそその、いち教師として…いや、あのですね、」

「具体的には?」

「いち教師とか生意気言ってすいませ…えっ!?」

「具体的に私の何がどうだと言うんだ」

桃川は落ち着いた様子できびだんごを口に放り込んだ。それを見て鬼渡は少し困ったように首を傾げ、ビーカーに溜まっている水を捨てた。

「えぇと……。授業中に物を食べたり、サボったり、ケンカしたり…そういえばこの前もカツアゲしたらしいじゃないですか」

「あれはあいつらが悪いんだ」

片付けを終えた鬼渡は、再び教壇を挟んで桃川の正面に立った。

「あいつらが私にカツアゲしようとしたから。目には目を、カツアゲにはカツアゲをだ」

桃川は鼻を鳴らした。

「でも、カツアゲはダメです」

鬼渡になだめられ、桃川は口を尖らせた。だって、とか、わかってるけど、とか、もごもごと口先で弁解をしていた。

「まずは、みだしなみから直してみてはいかがですか?」

「みだしなみ?」

桃川は教壇から少し離れ、自分の服装をあちこち見回してみた。

「特に問題ないと思うが」

「そうですか…」

鬼渡は大きく息を吐き、決心したように教壇から降りて桃川の前に身構えた。

「一つ!」

ぴんと張り詰めた声と人差し指につられ、桃川も思わず背筋を伸ばして気をつけをした。

「シャツのボタン、開けて良いのは第一まで!」

桃川のワイシャツは第三ボタンまで開いて胸元があらわになっている。

「リボンも着けてください」

「えー」

「袖も。ちゃんと閉めるか、きれいに腕まくりしてください」

桃川は注意された点を不満そうに見つめる。

「次、スカートの丈は膝が見え隠れする程度です」

「長いな」

「桃川さんが短すぎるんです…」

鬼渡が指摘したそれは膝上何センチどころか股下何センチかという程になっている。少し屈めば下着が見えてしまいそうだ。

その他ニーハイ、ピアスなど、ざっと見ただけでさまざまな校則違反が挙げられた。桃川はうんざりした様子で天井を仰ぎ、感嘆の声を上げた。

「そんなの、つまらない。個性がないじゃないか」

机に腰掛け、脚をぶらぶらと遊ばせる。

「個性が大事なんて言いながら、矛盾してるとは思わんか?」

「私たち教師が求めているのは校則を守った上での個性です。発想力とか、運動神経とか…」

「校則守るか破るかだって、自由だろう」

「秩序がなければ組織は成り立ちません。荒れてしまうんです。社会に出ても同じで…」

「わかった、もういい」

桃川は机から飛び降りると、きびだんごをまた一つ口に放り込んで理科室を去った。

「桃川さん…」

窓越しに差し込む黄昏を見つめながら鬼渡は一人、呟いた。


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