「私はやってない」
校長室の柔らかいソファーに埋もれるようにずっしりと腰をかけ、堂々とした態度で桃川は答えた。
昨日、というより今日、だが、午前二時十三分。隣町の隣町のコンビニで万引きが起きた。
犯人は桃太郎高校の制服を着た、桃色の髪の女子高生。
当時店にいたのは犯人とアルバイト店員のたった二人。店員は慌てて捕まえようとしたが、制服に忍び込ませていたらしいスタンガンであえなく撃退されたとのこと。
「証拠は上がってるんだ!」
鬼瓦が桃川の前に指し示したのは防犯カメラの映像をキャプチャしたもの。モノクロで画質も粗いが、そこには確かに桃太郎高校の制服を着た女子高生が写っていた。上からのアングルと、深く被ったキャップで顔はほとんど見えない。
「お前らの目は節穴か?こんな寸胴の女と私のナイスボディーの見分けもつかんのか」
心外だったらしく、桃川は脚を組み、苛立ちの篭った声ですぐさま反論した。
「た、確かに…」
警察官の一人が画像と桃川の豊かな胸を見比べながら言った。慌ててもう一人の警察官が叱責した。
「す、すいません、つい…」
叱責を食らった警察官は顔を赤らめながら一歩下がった。
「サラシで潰した可能性もあるだろう」
「何でそんなもったいないことしなきゃならないんだ」
「うるさい、お前以外にうちの学校でピンクの頭した奴なんていないんだよ!」
鬼瓦が机を強く叩いた。その音に驚いたのは警察官二人である。桃川はびくともせず、ただ不機嫌な表情を浮かべていた。
「ピンクじゃない、桃色だ」
「同じだ」
「違う。見ろ、上品なんだ私のは。それが私のアイデンティティ」
したり顔で後ろ手に髪をいじる桃川に、鬼瓦のこめかみに青筋が浮き上がる。
「話をそらすな!」
「だから違うと言っているだろう。その前に私ならわざわざ制服で万引きなんかするものか」
「それだ──」
鬼瓦の口元が歪んだ。
「そういう言い訳をする為に、敢えてこういう格好をした。違うか?」
「違うと言っているだろう!いい加減にしろ!」
「いい加減にするのはお前だ」
二人の間に火花が走る。警察官達の入る余地は無しだ。
もはや鬼瓦の方が警察官らしい取り調べを行っているな、とはその場にいた全員が思っていた。
「アリバイはあるのか?」
「アリバイ?」
桃川は鬼瓦の言葉を繰り返した。
「…二時十三分なんて、とっくに寝てるに決まってる」
悔しそうに言って、桃川は軽く唇を噛んだ。警察官達は少し驚いた様子で顔を見合わせる。
「勝手なイメージを膨らませてる所だろうが、あいにく私は夜更かしはしないタチなんだ。このすべすべお肌が損なわれるかもしれないしな」
「一人で寝ているのか?」
「そうだが?」
それを聞いて鬼瓦が得意げに鼻を鳴らした。
「ならアリバイ証明は不可能だな」
「どのみち、家族や友人など親しい人の証言は信頼性に欠ける為、認められていません」
警察官の一人が、はっとして口を挟んだ。すかさず桃川は舌打ちをする。
そうか、この男は──鬼瓦は、どうしても私を刑務所に入れたいんだな。
胃がギチギチと締め付けられる。
これだから先公は嫌いなんだ──
「……わかった」
暫くの沈黙の後、桃川は静かに立ち上がった。
「私が犯人じゃないことを証明してやる」
ついて来い、
そう言って桃川は桃色の髪を颯爽となびかせ校長室を後にした。
毅然とした態度で桃川が向かったのは犯行現場だった。
店長に例のアルバイターを急遽呼び出させ、問い詰めた。
さらに監視カメラの映像と同じ位置に実際に桃川が立ち、商品棚との比から犯人より桃川の方がいくらか身長が高いことが分かった。幸いにも制服──ミニスカートだったので身を屈めてごまかすことも不可能。こうして桃川の身の潔白は証明されたのである。
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