暗闇の中で(1/2)


君は本当の暗闇を見たことがあるか。



先輩達に連れられて、僕は今、バスに乗って山を登っている。目的地は朝護孫子寺。
そもそもテニスの試合があったため僕らは揃って奈良まで来たのだが、相手のチーム内で熱風邪が流行ったらしく、神戸から眠い目を擦り擦りはるばる足を運んだというのにあっさり不戦勝に終わったのだった。

「お前らも風邪、気ぃつけぇよ」とあくびしながら言った顧問の言葉を無視して、このままとんぼ返りするのは癪だからと、ある先輩が提案した。

「確かこの近くにおもろい寺あるねん。行かへん?」

顧問と何人かの先輩はすぐ帰った。僕も正直帰りたかったが、先輩の提案を断るわけには行かなかった。

先輩は「この近く」と言ったが、電車で一駅二駅行った所で次はバスに乗り込んだ。
それからバスはどんどん信貴山を登る。ひどい傾斜の曲がりくねった道で、バスはエンジンの唸り声を盛大に上げながら右に左にゆさゆさ揺れた。僕の隣に座っていた鈴木くんは、青ざめた顔で目に涙を溜めていた。
あまりに可哀相なので、先輩に言って途中の駅で一旦降ろして貰おうと思った所で、バスは目的地に到着した。



辺りは森に囲まれていた。谷川に赤い橋が架けられ、その脇に白い龍のような像が建っていた。
広い駐車場の奥に、寺へと続く石段が見えた。
バスは僕達全員が下車したことを確認すると、ぐるりとUターンして元の道を帰って行った。
なんだか少し懐かしい気がした。


石段を上り、道をずんずん歩く。石畳とその両脇に等間隔に並んだ灯籠に、生い茂った木々が木漏れ日を落としていた。

「マイナスイオン、って感じやな」

先輩が気持ちよさそうに両手を広げて背筋を伸ばした。
鈴木くんもだいぶ調子がよくなったらしく、目を輝かせながら辺りを見回していた。

道が拓けたかと思うやいなや、黄色い巨大なオブジェが現れた。大きな虎の張り子だ。

「うわ、でっかぁ」

「世界一福寅って言うらしいで。何ちゅー名前や」

先輩達が笑い合った。僕らもそれに便乗して笑った。
朝護孫子寺は、虎のお寺だった。だからあちこちに虎のオブジェやお守りがある。
「阪神の寺や」と先輩は言って、六甲おろしを口ずさみながら探検気分で境内を回った。

口を開けた虎の装飾がされたトンネル、歯車みたいな柱を回す経蔵堂…灯籠に代わって石畳を囲む赤い旗に誘われるように、僕らはずんずん奥に入って行った。階段だらけだったけど全然気にならなかった。
僕はそれまで寺とか神社には全然興味がなかったけど、ここは僕が今まで見てきたそれらとは違っていた。





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