えんむすび


家族以外と初詣に行く、っていうのは考えてみれば生まれて初めてで。

ベンチに座り、駅に出入りする人々をぼんやり眺めながら、寒さと緊張で小刻みに震える手足や奥歯にぐっと力を入れる。
時計の針が約束の時間を告げた時、ダウンやらマフラーやらでもこもこと太った僕を嘲うかのように、彼女はジーンズやスニーカーといったいつものラフな服装に薄手のコート1枚羽織って現れた。
寒くないの、と聞くと白い息を漏らしながら 君は暑くないの、と返って来る笑顔が冷えた背筋にじんわり熱を与えてくれる。

四日の、町外れの神社はやはり人気が少なかった。
一般的には三が日と呼ばれる期間に行くのが良かったのだろうが、去年から一人暮らしを始め正月といっても特別な気持ちがしなくなっていた僕は昨日までバイトを入れていた。

今、隣で小さくくしゃみを発した彼女──出雲葵と僕はこうして並んで歩いているが、恋仲ではなくただの同級生だ。
やっぱり寒いんじゃないか、とマフラーを貸してあげるとごにょごにょいいわけをしながら僕のマフラーの中ではにかむ様子もやはり可愛い。

──そう、僕はいつの間にか少なからず彼女に好意を寄せるようになっていた。
だから仲の良い友人としてだろうと初詣に誘われた時は、稼ぎ時だと調子に乗ってみっちりバイトを入れていた自分を恨んだ。バイト先に電話を入れて断ろうかとも思ったが、彼女は四日でいいと言ってくれたのだ。

「三が日って混むし、丁度良かったと思う」

さらに彼女が付け加えた言葉の有り難さは質素な学生生活を送る僕に天使が現れたと錯覚させる程だった。

静かな境内にガラガラと古びた音を派手に響かせ、二人並んで祈祷する。
ぐっと力を入れ懇願した後にちらりと隣を見ると、彼女はまだ祈りを捧げているようだった。
穏やかなその横顔にしばし見とれていると、細長い睫毛が離れくりくりした黒い瞳がこちらを向いた。
どちらからともなく「ごめん」と呟いた後、全身がほんのり暑くなったので僕はダウンを少しずらしながら彼女に願い事をさりげなく聞いた。
彼女は頬を赤くしながらいつものようにはにかんで白い息をまた一つ吐き、悪戯っぽく「内緒」と言った。心臓がびくりと跳ね上がったのが分かった。一瞬にして顔に血液が集まる。きっと今の僕は彼女よりもずっと赤い顔をしているのだろう。つられるように僕もはにかんでみせた。
ああ、神様、どうか彼女が僕の想いに気付いてくれますように。願わくば彼女が本当の『彼女』になってくれますように──

おみくじがしたいと彼女が言うので僕は張り切って大吉を出すと言った。
心地よい笑い声を耳にしながら振り当てたのは七番。
ラッキーセブンだよ、などと言いつつ巫女さんに交換して貰ったそれは大凶だった。ショックを受ける僕の傍らで彼女はとうとう噴き出した。
そんなに笑わなくても、と僕が少し拗ねてみせると彼女はうっすら涙を浮かべたまま僕の手から大凶を取り上げ、自分の十三番、末吉を半分に折り重ねた。

「こうすれば大吉」

ね、と無邪気に笑う彼女が僕に見せたそれは確かに大と吉の文字だった。

「二人一緒なら」

「うん」

おみくじで白く染まる神木の下で僕らは手を結んだ。


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