もう一人の伊藤


たまたま立ち寄った駅で、幼なじみを見た。

幼なじみと言っても、家が近所で高校まで同じ学校に行っていただけのこと。
実際、そいつと私はどちらかというと犬猿の仲であって、とても幼"なじみ"といえるような関係ではなかった。

彼の苗字は「伊藤」だった。
同じ苗字だと小学校の時に夫婦なんてからかわれるものだが、そういうことはなかった。なぜなら「伊藤くん」は女子の憧れの的だったからだ。
成績優秀、スポーツ万能。文化面にも優れていて、学校で何かしらコンクールを行えば必ず入賞する逸材だった。

だけどその分、少なくとも私個人の感覚としては、奴の性格は歪んでいた。
具体的に何をどうしたというわけではないのだけれど、優等生ゆえの人を見下したような態度が嫌いだった。

同じ苗字同士、近所同士、特別に私は彼を妬み、彼は私を蔑んでいた。
今思うととても幼稚でくだらないのだけど、当時の私たちにとっては逃れようのない因果に囚われたような、そんな感覚だった。
そしてその時の感情は今も私の心の底に沈んでいる。


優等生は優等生のまま成長し続け、優秀な国立大学に行ったと聞いていたけれど。
私が見かけた「伊藤くん」は「成人した伊藤くん」でしかなかった。
彼女だろうか。女性を連れて談笑しながら駅前を横切る彼は、見た目はごく普通の成人男性だったが、自尊心を纏ったような独特の雰囲気は全く変わっていなかった。

それを見て、私は反射的に顔を背けた。
わざわざ背けずとも彼は私のことなんて眼中に入っていないようだったが、私の神経が命令を下したのだから仕方ない。

視線を外した時、妙な考えを閃いた。
いくら知識を蓄えようと、才能に恵まれようと、優等生は優等生なのだ。彼の精神は何の成長もしていないのだ、と。
これは負け惜しみだろうか?あるいは精神的に成長してないのは私だろうか?

あなたなら答えが分かりますか、優等生の伊藤くん。


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