「ずっと前から好きでした。付き合ってください」
大学生活も残り数ヶ月となり、雪がちらつく最中、私に春が訪れた。
相手は全学部共通の授業で知り合った他学部の同級生だ。彼は寒いのか緊張しているのか、元々血色の良い頬をより赤く染めて私の言葉を待った。
知り合った、といっても別に仲が良いわけでもない。教室が狭くてなんとなくみんな定位置が決まってしまっていた。彼はいつも私の後ろ。件のごとく一人ぼっちで履修したものの、グループワークが多い授業だったので、申し訳ないながらもその都度混ぜて貰っていた。それだけだ。
彼はそこそこ派手めで、良くも悪くも大学生らしかった。授業中も教授が喋っているにも関わらず男女数人のグループでがやがややっていたので、私はどちらかというと苦手だったし、そこに混ぜて貰ってるという引け目からあまり良い印象ではなかった。
それは相手も同じことだろうと思っていたので、彼から呼び出された時は鬱憤溜まってとうとう何か罵倒されるか殴られるかとヒヤヒヤしていたのだ。
それがいざ蓋を開けてみれば愛の告白というやつで、私の人生にもこんなことがあるのかと妙に興奮しながらも恐怖を感じている自分がいた。
やはり、こんなことが真面目にあるわけがないのだ。これは罰ゲームか何かに決まっている。どこか影に隠れて彼の仲間たちが冷やかしているに違いない。
もし本気だったとしても、私たちはお互いのことを何も知らない。授業での必要最低限でしか会話をしたことがないのだから、何がそんなに気に入ったのかまるで検討がつかなかった。
顔は良くないし、勉強もそんなにできるわけではない。コミュニケーション能力に関してはほぼ皆無。もしや一人で授業に挑む度胸でも感じ取ったのかもしれないが、私に言わせれば馴れ合いの輪をうまく作れなかっただけなのだ。
「あのう」
業を煮やしたのか、彼が再び口を開いた。
「俺、こういうの初めてで。うまく言えないんですけど…。全力で幸せにしますから。お願いします」
それはもはやプロポーズでは、と心の中でツッコミを入れた。
初めてという言葉を信じるとすると、彼の今後の交際相手のために練習に利用されるのかもしれないなと私は思った。絶対彼氏とかいなさそうだし、こいつならオーケーするかもとか思われてるのかもしれない。
だが罰ゲームにしろ練習にしろ、ここまで言わせているのに断っていいものかと気が引けてしまう。こちらこそお試しで付き合ってもいいんじゃないか、すぐに別れてしまうんだから、と頭の中でもう一人の私がささやく。
そして、私は決意をした。
彼は、口を半開きにして目を泳がせた。
私の出した答えはノーだった。
やはり私のような人間が誰かの時間を奪うということに耐えられなかった。私は、誰かを幸せにすることなんてできない。一緒にいてもつまらないだけだ。
興味がない、とでも言えば良かったのに唐突に自虐的な話をした私に、彼は理解できないという目線を投げ掛けた。ああ、どのみち不快にさせている。社会不適合者はこんな時でさえ最悪の行動しか取れないのだなと思うと悲しくなった。
本性が分かって引いたのか、私の気持ちを察したのか、彼は「そうですか」と息を吐いた。
「分かりました。残念です。でも、気持ち伝えられて良かったです」
彼は寂しそうに笑うと「ありがとうございました」と言って去っていった。
悪いことをしてしまったのに、「良かった」と言える彼が羨ましく、また、惜しいことをしたかなという思いが頭をよぎったことに罪悪感を抱いた。
浅ましい私は白昼夢を見ていたように、ぼんやりとしてしばらくそこに立ち尽くしたままでいた。
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