異端者(1/2)


「先生、あんた、こんなことして楽しいかい?」

ある患者さんが、私に向かって言いました。
酔って仲間と喧嘩した。その弾みで左腕を粉々にされた。これじゃ使いものになんねーな、なんて笑い合っていたのを私が発見し、治療のために自宅まで連れて来たのでした。

「俺らはな、先生。人間じゃねーんだ、鬼だよ。腕がもげようが頭が吹き飛ぼうが仲間が死のうがどうでもいいんだ。それをどうだい、あんたは必死で助けようとする」

頭上から降り注ぐ低い声を浴びながら、私は彼の腕に慎重に添え木を括りつけました。人間ならどうしようもない状況でしたが、鬼の治癒力をもってすれば回復は可能だと見込んだからです。

「あんた、本当に鬼かい?」

どろりとした赤黒い血は床を濡らしていましたが、私が木を選別している間にもう止まっていました。

「外見も中身も、ほとんど人間。人も食わず、俺らの素行を見てられねえからって里を離れてこんな所で一人医者の真似事やって。こんなこと言っちゃあなんだが、あんたもしかして人間との──」

顔を上げると彼は苦い顔をしていました。糸がきつ過ぎたのか、はたまた私を疎んでいるのか。

彼の問いに、私はきっぱりと答えました。

「私は、鬼の子です」





鬼が子どものうちは、人の子どもと殆ど見分けがつきません。
ただ一点、その頭に生えた小さな角を除けば、ですが。


幼い私は、人間の住む街へ出掛けていました。
殺風景で淀んだ鬼の島とは対象外な人間の世界に私は夢中になりました。
ばれないよう、笠を被って人の往来に潜り込んでいました。
ところが、立ち並ぶ店の様子に夢中になるあまり、私は人にぶつかってしまいました。それが運悪くも町のゴロツキどもだったのです。



彼らは私を路地裏へと引き込みました。
じりじりと責める口調に、私はひたすら謝ることしかできませんでした。
そこに平手が飛んで来ました。彼らは力を持て余していたのでしょう、呆気なく倒れ込んだ私に、合図でもしたかのように襲い掛かりました。

しかしすぐにアッという声がして彼らは手を止めました。殴られ引きずり回されて笠が取れてしまったのです。

「こいつ…鬼だ!」

彼らのうちの一人が叫びました。

「うるせえ!鬼がなんだ。ガキじゃねえか」

親玉であろう男が吐き捨てるように言いました。

「しかしこいつぁ都合がいいぜ。見世物小屋に売れば高くつく。殺すにしても鬼なら誰も批難しないだろうさ。むしろ英雄だぜ?」

さァどっちにしようかな、と男は刀を抜いて峰で私の首を撫でました。
私の頭には恐怖しかなく、その場に座り込んだまま、ずっと震えていました。

やがて男は息を吐くと、静かな声で言いました。

「やっぱ殺すか。こんな弱っちいのじゃどうせしけた金にしかならねぇ」

男は目と同じ冷たい光を宿した刃をこちらに向けました。

怖い、助けて。

叫びたくても喉に突っ掛かって何も声になりません。
もう駄目だ。殺される。
そう思って目を瞑った時、どこからかふわりと桃の香りがしました。


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