第一章(1/6)


「先入観に囚われてはいけない」と人はよく言うが。



あれはどれほど前のことだったろうか、俺の村である噂が流れていた。

桃太郎がついに“旅”を始めた、と。

そのおかげで俺達犬族はそれはもうてんやわんやだった。桃太郎には“犬”が必要だからだ。
伝説の桃太郎と旅を共にし、鬼──すなわち悪を倒す英雄になる事を夢見て志願する者、オトモなんて所詮桃太郎の奴隷だと非難する者。
因みに俺は後者だった。
旅?面倒臭ぇ。鬼の手は俺達の領域(くに)には及んでねぇし、何のために危険を冒してまで桃太郎の奴隷にならなきゃいけねぇんだ。それもたったのきびだんご一つで。もしその桃太郎って奴が俺の目の前に現れてオトモになってくれなどとぬかしやがったら一発殴ってやろうか、と。そう思っていた。

そうだ、あれは春の終わりの頃だった。
ひそかにお気に入りの場所にしていた丘の上で柔らかい芝生に腰を落とし、木々の香りを乗せた風に吹かれながら日光浴をしていた所だった。
風に乗って、背後にふわりと人の気配。

「おい、そこの犬。私の下僕にならないか?」

「あ゛あ!?」

本当に来やがったか、桃太郎。
しかも下僕、なんてはっきり言いやがるじゃねぇか。

「誰がそんなもん──」

拳を握りしめ、振り返るとそこには桃色の髪をした女剣士が凛として立っていた。





……こうして俺達の旅は始まった。
何も女だったから鼻の下伸ばしてついて行ったわけじゃない。言い訳がましく思われるかも知らねーが一応、俺の名誉の為にもその辺の事も言っておこうと思う。



「嫌か?」

「嫌だ」

「そうか、まいったな」

さほどまいってない様子でそいつは言った。

「村に降りればあんたの下僕になりたい奴がわんさかいるぜ」

「それは遠慮しておく」

即答。
何故、と俺が問う前に、察したのか指を一本突き付けられた。

「一つ。面倒臭い」

もう一本指が増える。

「二つ。犬臭い」

頭のどこかでぷちりと音がしてマズイと思う前に俺はそいつの胸倉を掴み、気付けば拳を振り上げていた。

「お前ふざけん…」

「三つ。初めから従順な下僕など面白くない」

「はぁ!?」

この状況で口元に笑みを浮かべるとはよっぽど神経が図太いというか、ある意味凄い奴だとは思ったが。

「そんなわけで、今の所お前がいいんだ。私の…」

この次に続く言葉が「下僕」ではなく「友達」とか「恋人」とかそういう甘酸っぱいものだったら俺も少しは考えただろうに。
殴る気力も失せて手を離すと女はせっせと着物を直した。元々だらしない着こなしだったくせに、こだわりというものがあるらしい。
着物を直し終えると女はやれやれ、と溜息混じりに俺に言った。

「仕方ない、最終手段だ。私と勝負しよう。私に勝ったら好きにしろ、負けたらおとなしく下僕道」

「いや、それ俺に利点がねぇじゃねーか」

「じゃあ……き…きびだんご…」

「いらねーよ!」



…結局どっちが勝ったかなんてわざわざ野暮な質問する奴はいねえよな?

まあそんな感じでこいつは雉、猿も順調に下僕にしていった。ほんと、恐ろしい奴。

にしても雉も雉で問題児だ。
一言で言うとドM。
黙ってりゃそれなりに可愛く見えるのに、口を開けば残念としかいいようがない。
桃を溺愛していて、常に桃にべったり引っ付いては辛辣な言葉を吐かれ喜んでいる。そういう意味では最強ともいえるかもしれない。
桃でさえもこいつを仲間にしたのは他に雉が見つからなかったからで、「この際鶏でもよかったのではないか」などとぼやいていた。

猿は女好きのクソ野郎。
他の二人に比べればまだマシなんだろうが…どうも気にくわねぇ。
悪いがこいつについてはあまり語りたくもない。そもそも犬猿の仲で知られる俺達を何故一緒にする?

そして桃こと桃太郎だが──
桃から生まれたかどうだか知らねーが、男勝り、ドS、露出狂…とにかくロクなもんじゃねぇ。
剣の腕は確かだが、着物の胸元をバッサリ広げ、丈もかなり短い。股下ギリギリだ。
たしかに巨乳で美人だが、ちょっとナルシストな所もあるし…こっちは黙ってても残念な女というか。…んな事言ったら本人より雉にブッ殺されそうなのでやめておくが。

そうそう、こいつの大好物はきびだんごなんだが。
きびだんごっていえば普通お供にやるもんだろ?…一人で食ってんだよ、あいつ。お前らに食わせるだんごは無い、だとよ。いや別にいらねーけど横でくっちゃくっちゃやられると何か腹立つ。
ああ、因みに俺らはちゃんとしたの食ってるから心配は無用だ。


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