第一章(5/6)


傷の治りは元々早い方だったが。
ヘタレ鬼の介抱を受けると気持ち悪いぐらい早く傷口が塞がっていった。
聞く所によるとこいつは医者をやっているらしく、俺らをかくまっているこの場所は薬の原料なんかを保存している秘密の宝物庫というかまあそんな感じらしい。

その日、隠れ家には俺と鬼しかいなかった。猿がリハビリがてら外に日光浴しに行き、何かあった時のために雉と桃が付き添う事になったのだ。猿の野郎、腕だけかと思いきや脚も派手に折られていたらしい。そのくせ今頃ハーレムとか呑気な事を言っているに違いない。

「なあ、一つ聞いていいか?」

「はっ、はいぃ!?」

ビビリでヘタレは相変わらずのようで、鬼は声をかけただけでビビって薬壺に躓いてすっ転びやがった。いつぞやの男前モードは何処へ行ったのやら。

「おい、大丈…」

「大丈夫ですッ!!ししし質問は何でしょう!!」

散らばった薬草をてきぱきと集めるのを見ながら俺は頭を掻きむしる。

「その…お前と桃は深い仲なのか?」

「え…と、桃太郎さんと私が、深い…ふふふ深い仲!?や、そっ、そんなめめめ滅相もない!!失礼ですよ桃太郎さんにっ!!!」

ヘタレはそう言って顔を真っ赤にしてわたわたと手を振った。勘違いさせてしまったみたいだ。暴れたせいでせっかく集めた薬草が再び宙を舞う。

「悪い。そういう意味じゃなくて…長い付き合いというか旧知の仲というか…」

「あ…そうですよね」

恥ずかしい、と俯いてヘタレは薬草を指先でモジモジいじり始めた。だからそれ気持ち悪いからやめろって。

「ええとそれについては…微妙な所ですかね……。数年前に一度出会ったんですが、それからは…」

つまり。あの日はその数年ぶりの感動の再開とやらだったというわけか。ろくな日にはならなかったが。

そうするとまた謎が残る。
結果はどうであれ、桃はこいつにだけわざわざ会いに来た。──何のために?
しかもあの態度。会ったのが一度や二度にしては親密過ぎる。それほどの出会いが、この二人の間にあったのか?

「一体、何が…」

「それは──それは私の口から言う事ではありませんから」

そして、できれば彼女をまだ暫くそっとしてあげてくれませんか。

そう言った鬼の眼はひどく悲しそうだった。





「世話になったな」

まだ空が紫がかっている頃。俺達は浜辺に立っていた。波の音だけが出発を惜しむように静かに響き渡っていた。

「桃太郎さん、それから皆さん。これを」

鬼は巾着袋を四つ取り出し、俺達一人一人に丁寧に渡した。巾着袋を見るなり声を上げたのは桃で。

「これはもしかして」

「ええ、」

開けてみると白い塊がごろごろ詰まっている。

「きびだんごです」

「……!!」

言葉にならないのかガッツポーズをして悦に浸る桃。こんなに嬉しそうな所を見たのは初めてだ。

「本当に好きだな、きびだんご」

「馬鹿野郎!こいつお手製のきびだんごは格が全然違うんだからな!!」

馬鹿野郎とか言われても知らなかったんだが。桃太郎印じゃなくて鬼印のきびだんごか、なんて不思議な響きを、たいして面白くもないが頭の中で反復してみる。

「いやあ、そんなに喜んで頂けるなんて…」

「大事に食わせて貰うぞ」

桃と鬼はしっかりと握手を交わした。二人の眼にはうっすら涙が…て、そんな感動するシーンか?

「そんな大事に食わなくても食いたくなったら来ればいいんじゃねーの?」

俺の疑問に、妙な顔をして桃が振り向く。

「懲りない奴だな」

「言っただろうが、ついて行ってやるって」

「しかし私はもうここには…」

「面倒臭ぇ女だな」

桃の眉間に筋が入った。どこが気に触ったのかなんていちいち細かい事は知らねぇが。

「俺がお前より、鬼より強くなればいい話だろうが」

「はあ」

気の抜けた返事が可笑しくて思わず笑いそうになるのをぐっと堪えた。

「今度は俺が護る。だから、それまで待ってろ」

猿と雉も続いて頷いた。
やっぱり結局は根っからの“お供”だったんだな、俺ら。

「…ん、あ、じゃあ」

桃はくるりと鬼の方に向き直り。

「十年後、いや百年後また会おう」

「どういう意味だこの野郎」

暖かい風が吹いて、笑い声と共に俺達を包んだ。

空はもう澄んだ青になっていた。
船に猿が乗り込み、続いて雉が足を掛けた時、

「あ、そうだった。これを返すのを忘れていた」

どこから取り出したのか、桃は紺色の羽織りを鬼に渡した。大きさからして鬼のものか?

「これは…」

鬼は息を飲んだ。

「そんなわざわざ返して頂かなくても…」

「無理をするな貧乏鬼が」

「…ははっ、そうですね」

それから一言二言、言葉を交わしたようだが俺らは三人とも既に船に乗り込んでいた。

「おーい、桃ー」

「…ああ、すぐ行く」

「遅ぇよ、ったく…」

櫂を握りもう一度前を見た所で俺の思考回路は一旦停止した。

桃と鬼が、いや桃が鬼に、しばしの別れを告げるように襟元を引き寄せ唇を…。目のやり所に困るっつーの。

「じゃあな」

「あ…はい」

鬼の野郎は魂抜かれたみたいに上の空になっている。そりゃびっくりするわな。雉はジェラシー妬いてたけど。

桃が乗り込んだ所で、船はゆっくりと沖に向かう。

ゆっくり、ゆっくりと。


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