──ここはどこだ?
辺り一面、剥き出しになった岩肌に囲まれていた。地下か?洞窟か?どこにしろ程よくひんやりしていて気持ちが良い。
黒い天井には蝋燭の光がゆらゆらと、大きな影を一つ映し出している。
腹が痛くて起き上がれないが、頭を向けている方から話し声が響く。桃とヘタレ鬼だ。
自分達が助かった事と桃が無事だった事に心底安心したからか、再び軽い睡魔に襲われ、まどろみの中二人の会話に耳を傾けた。
「…結局、何も変わってないんだな、私は」
「そんな事ありませんよ。桃太郎さんはとても…」
「被害者が増えただけじゃないか」
「それは…」
「私のせいだ…私があいつらを連れて来なければ……」
違う。これはお前のせいじゃない。俺が、あの時…
「もうここには来ない。から…だから…」
…桃?
声が震えている。
泣いてるのか?いつもの威勢はどうした?お前、桃太郎なんだろ。俺達の主人なんだろ。
静かな空間に嗚咽だけが響いた。
「…桃太郎さん」
優しい声で鬼が言う。
「あなたは優しい人だ」
「私は優しくなんか、」
「いえ、ただ少し不器用なだけです」
鬼の声は洞窟内を静かに通り抜けた。
「私は、あいつらを傷つけただけだ…」
「でも助けた。誰が被害に遭おうと関係ないんじゃなかったんですか?」
「……」
「皆さんもそんなあなたに惹かれてるんですよ。──ね、そうでしょう?」
蝋燭の光がこちらに向けられ、ぐっと明るくなる。
「おはようございます」
鬼はにっこりと笑う。
「気付いてたのか」
「…起きてたのか」
桃が小さく呟いた。
まずい。せっかく良い所だったのに怒らせちまったか。
「いや、でも、い、今さっき起きたとこ…っ」
なんとか首を捻って桃の方を見ると、奴は鬼があぐらをかいている所にすっぽり嵌まる形に座っていた。何だこの状態は。
猿の野郎も隣に横たわっていたが起きていたらしく、左腕を支えに少し起き上がりにやにやしていた。
「どうかしたのか?」
桃は不思議そうに問うた。
「いや、お前がどうかしたのか?なんつー所に…」
「…ああ、ここが一番安心するんだ」
そう言って桃はそっと鬼の胸に頭を預けた。
すると鬼は急に恥ずかしくなったのかモジモジオドオドして何とも言い表しがたい顔をした。
「…すまなかったな」
桃は小さな声で詫びた。
「傷が癒えたらすぐここを出よう。そしてお別れだ。もう、二度とこんな事には…」
「勝手な事言ってんじゃねえぞ…」
俺の言葉に小さな肩がぴくりと震えた。
「さんざんこき使っといて用が済んだらさよならだァ?ふざけんな!」
「……」
桃は口を固く結んで俺の話を聞いていた。
大きな声を挙げると腹に激痛が走る。だがここで言わないと駄目だ。
「俺はなあ、桃。これからもお前について行ってやるからな!」
「ぇ、」
ぽかんと開いた口から、か細い声が漏れた。
「どうして、」
「…ただし、保護者として、だからな。お前一人じゃ危なかっしくて見てられねえ」
…我ながら照れ臭くなって来た。頭を元に戻し、寝るふりをして布団で顔を隠した。
「…ふざけてるのは、」
そっと隙間から様子を伺ってみた。口元が微かに見えるだけだったが、綺麗に桃色に引かれた唇が皮肉そうに少し上がる。
「お前じゃないか」
蝋燭の光を吸収してきらきらと輝く雫が白い肌を滑り落ちた。
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