第三章(6/7)



昼になって、俺達は外に連れ出された。
今度は背丈ほどの柵で四方を囲まれた。外側には長槍を持った番人たちが背筋を伸ばして控えている。
が、このぐらいの柵なら越えられるし、長槍を避ける自信はある。見くびられてるのか試されてるのか信用されたのかは知らねえが。

筵(むしろ)の前には“英雄”の最期を目にしようと大勢の野次が集まっていた。
俺達が断腸の想いで待つその時は、奴らにとってはほんの催し事でしかない。そう思うとまた一段と悔しくなる。

正午の鐘が鳴り、野次がざわめき出した。
手に縄をつけられ、白装束を着せられた桃が連れて来られた。

「桃!」

「桃ちゃん!!」

俺達が叫ぶと、桃はちらりとこちらを見た。かと思うと途端に噴き出した。

「お前ら…どっちが罪人か分からんな」

「縄で縛られてる奴に言われたくねえよ」

桃はけたけた笑いながら筵の上に座った。

思えば桃は答えを出していたんだ。
『私のことを想うなら笑え』と。
さすがにこの状況で笑えるほど俺達は強くない。だからせめて、桃を信じていつものように振る舞おう。

桃の罪状が朗々と読み上げられる。
謀叛の罪で刑に処す。
何が謀叛だ、と言いたいのを必死に堪える。

「その尊厳を讃え、今なら切腹にしてやるがどうする」

太った重鎮の男が偉そうに言う。桃はすかさず首を振った。

「御配慮深く感謝する。しかし私は人を裏切り、罪に問われた身。人の手によって裁かれるべきだろう」

野次にどよめきが生じる。そうだそうだと誰かが言う。
じっと聞いていたかと思うと、桃はおもむろに縛られた腕を掲げた。

「ただ、ひとつだけ。これを解いてくれないか。束縛されるのは趣味じゃない」

どよめきが一瞬にして止まった。野次も役人も皆顔を見合わせて困惑の色を表した。

「案ずるな。いくら私でもこの状況で逃げられるわけがないだろう。仮に逃げられたとして、その後どうする」

宥めるような視線に、審議が行われて桃の縄は恐る恐る解かれた。
桃は自由になった腕をぷらぷらと振って、疑いの眼差しを投げ掛ける野次に見せ付ける。

「では──」

斬首刀を持った役人が奥から現れた。

「最後に言い残すことはないか」

言われて桃は少し首を傾げてみせた。

「私の愛しい両親はもうこの世にいない。他に言い残す相手がいるとすれば」

桃は俺達の方に目を向けて薄く笑った。桃ちゃん、と小さく雉が呼びかける。

「いいかお前ら!」

桃が叫ぶ。役人が、野次が身構える。俺達は唾を飲んで次の言葉を待った。

「私は暫く身を潜める。しかし私から逃れられると思うな。私の留守を守れ。無責任に死ぬことは許さん。何が何でも生きろ!そしてまたいつか──」

またいつか、会おう。



桃は目を閉じて頭を垂れた。
それを合図に斬首刀が振り下ろされる。

雉が何か叫んだ。猿が柵に縋り付いていた。
乱れ舞う血飛沫。それは一瞬で桃の花に変わった。切り離された首も、身体も、はらはらと薄紅色の花弁と化して空に舞い上がり、踊るように何処かに消え去った。
俺は瞬きも忘れてそれを見ていた。

花に変わる刹那、宙に飛んだ首は笑っているように見えた。


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