第三章(5/7)


牛車が止まり、連れ込まれたのは牢屋の中だった。
さすがに唖然とする俺達に、役人は何度も詫びながら牢に錠をかけて消えた。すぐさま別の男がやって来て牢の向こうに陣取った。

「なるほど。これじゃ手も足も出しようがないわな」

やけに感慨深げに猿が言った。

「ちょっと!こんな所に何日もいろって言うの!?せめてあたしだけは別室にしなさいよ!ケダモノ二匹と閉じ込めるなんて…襲われたらどーすんのよ!!」

「いや、それはない」

ヒステリックに叫ぶ雉に、俺と猿は首を振った。

「喧しい。たった一日の辛抱ではないか」

男が苛立ちの篭った声で応えた。

「一日?」

「桃太郎の処刑は明日の正午だ。それまで待て」

この場から空気が無くなったように感じた。
明日の正午?早過ぎる。いや、桃ははじめから首を切られるために連れて来られたんだ。そのくらい早くてもおかしくない。

「それじゃ面会はいつさせてくれるんだ?」

猿は慎重に尋ねる。男はちらりと一瞥して息を吐いた。

「そんな時間はない。明日会えるだろう。斬首の瞬間にな」

「……は?せめて一言ぐらい…」

「黙れ!無理なものは無理だ!!それ以上言うと貴様らにも罪を課すぞ!」

男は怒号を挙げた。

「上等だ。やってみろよ」

猿が身を乗り出す。俺は慌てて止めた。
そんなことしたら桃が気を揉む。人使いが荒いくせに、自分は平気で傷つくくせに、俺達が傷つけられることを酷く嫌う。それがあいつだ。

猿は舌打ちをしてそっぽを向いた。雉は深く俯いて震えていた。

それからは誰も喋らなかった。それぞれ牢の隅に座ってじっと考えていた。
話し合おうにもまず自分の中で答えが微塵も見当たらない。どうしたって苦しい。

「桃ちゃんがいなくなったら、あたし達は赤の他人ね」

今が何刻だかもはや見当もつかない頃、暗闇の中で小さく雉が呟いた。
俺と猿は何も答えられなかった。



眠れもしないのに、何もできないまま夜は明けてしまったらしい。差し入れられた朝飯の匂いが虚しい。

「今何ができるか」よりも「何ができなかったか」に俺の思考は向いていた。
桃を無理矢理にでも何処かへ連れ去ればよかったんじゃないのか?もっと早くあいつの元に行くべきじゃなかったのか?もっとできることはあったんじゃないのか?
桃が望んでないことは分かっている。納得してからの行動だったはずだ。
でもやっぱり、どんな形であれ、あいつがいなくなるのはつらい。

そもそも、ああは言っていたが本当は逃げたかったんじゃないのか?今頃泣いてるんじゃないか?
何を信じていいのか分からなくなった。

「やはり口にされてなかったか」

見張り番の交代の時間らしい。後からやって来た男が俺達に声をかけた。俺達をここに連れて来た役人だ。

「…私は昨晩、彼女の見張り番だった。いろんなことを話してくれたよ」

役人は柔らかい声で言うと牢の前に座った。

「貴殿らに出会った時のこと、鬼ヶ島に行ったこと、稽古をつけたことや遊びに出かけたこと…それは楽しそうに話されていた。貴殿らは本当に良い関係を築いておられたのだな」

桃と初めて会った日のことを思い出した。
色々と衝撃的だったな。突然現れた女に喧嘩売られて負けて、下僕と呼ばれこき使われて。屈辱だったしいつこいつから離れられるのかと思っていた。
それが今は失いたくないと心の底から思っている。俺も変わったもんだ。

「分かってるなら返してよ…」

牢の奥で、雉が掠れた声で言った。

「桃ちゃんを、あたし達のところへ返して!」

雉の目から大粒の涙が次々と落ちた。
役人は唇を噛み締めた。

「…昨晩、私は彼女の牢を開けた」

「本当か!」

役人の言葉に、猿が身を乗り出した。俺も息を殺して聞いた。

「ああ…しかし彼女は出て来なかった。怒られたよ。お前の首なんぞが私の代わりになるか──と。私はもはやこんな役目に未練はないと言ったが、許してはくれなかった……」

すまない、すまないと言って役人は背中を丸めた。
全然悪くないのに何でそんなに自分を責めるんだ。もう十分やってくれたじゃねえか。

「私にはこのぐらいのことしかできなかった」

震える手で役人は白い包みを取り出した。

「彼女がどうしてもと言うので差し上げたが…貴殿らが飯を食ってないだろうので分けてやってくれと言われた」

桃から預かって来たというそれを受け取る。
包みを開けると、きびだんごが三つ入っていた。
俺達は一つずつ口に放り込んだ。柔らかくてほんのり甘い団子を噛み締める。
暗いところにいる桃のことを想う。庭で餅を焼いていた丸い背中を想う。

何をすべきなのか?
答えが見つかった気がした。
俺はすっかり冷めた朝飯を思い切り掻き込んだ。


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