第二章(7/7):-1


新しい桃太郎が生まれた、と聞いて希望に満ちた人々の目が、私を見た途端失望の色に染まるのを嫌と言うほど見て来た。

「おなごか…」

「こんな娘に鬼など殺せるのかね」

人の娘の代わりに生贄になれという者までいた。私を拾った両親だけが私を愛してくれた。
しかし、私は家を出て行かねばならなかった。

ある日、物々しい格好をした男が二人、家に上がり込んで来た。これでどこぞの公家の従者だと言うものだから失笑ものだ。
奴らの用件は、そのお公家さんとやらが私を妻として迎えたがっているから来いというものだった。
奥で飯を食っていた父さまが箸を落とした。

「はァ そう言われましてもこの子はまだそういう年頃では…」

「桃太郎は成長が早い。しかるべき歳になるまで預かり、教養を付けさせると仰られている」

母さまがやんわり断ったが奴らは動かない。母さまはうろたえた。

「桃はどうしたいんだね」

父さまが静かな声で言った。とても優しい目をしていたから、どんなことでも言える気がした。

「私は鬼退治に行かねばならぬので御希望には沿えませぬ」

私が言うと男達は大きく開いた目を見合わせた。母さままで目を丸くさせていた。
おとなしく嫁入りすればきっといくらか金も貰えるし父さま母さまを楽にしてやれるのだろうが、私の自尊心がそれを許さなかった。
奴が欲しいのは私の体と桃太郎の名だ。だから他の男に取られる前に、引き取るなどとぬかしているんだ。
妻なんて言葉ばかりでどうせ妾にするつもりだろう。桃太郎に子は成せないから。
ただの娘として扱われるのが悔しかった。女の身だろうがなんだろうが私は桃太郎なのだ。武士(もののふ)なのだ。

男達は、しばしひそひそやった後、主人と相談したいからとひとまず引き上げて行った。
会ったこともないが、奴がこれで納得するタマではないと思った。男達はきっと直ぐに返って来る。

それではいってきます、と手短に挨拶をして私は家を飛び出した。最後に見たのは涙を零す母さまと、じっと目を閉じた父さまの姿だった。
庭先の桃の木はまだ花をつけていなかった。



私は未熟だった。
それこそ成熟するまで何処かに身を隠してでもいればよかったのだ。
しかし私は今すぐに鬼を退治したかった。鬼の首を取って世間に見せつけてやりたかった。私は桃太郎だと示してやりたかった。

髪を上げ、裳を引っ掛けて大人ぶった。まだ咲かない刀の代わりに酔い潰れた役人から腰のものを拝借した。
仲間などいらない。私一人でやってやる。
自分が何代目に当たるかなどもはや覚えていなかったが、これまでの“私”は何度も鬼を退治して来たのだ。鬼退治の方法は本能が覚えているはずだと信じていた。過信は破滅しか招かないことも知らずに。



鬼どもは私を見て嘲った。五月蝿い黙れと飛び掛かったが赤子の手でも捻るように奴らは私を捕えた。そして私を嬲りものにして遊戯(あそ)んだ。
奴らが私を殺さなかったのは、次の桃太郎が生まれることを危惧したからか。いや、その前に本能か。どのみち遊戯び倒して壊れたら捨てるつもりだったのだろうが。

いっそ殺してほしかった。何度も恥辱を味わわされ、自害さえ許されずに。
鬼にまでただの娘としか扱われていないのだ。私の名を呼ぶ下劣な声は、いつでも嘲笑の色に染まっていた。
私は何のために生まれて来たんだ──

遊戯び疲れた奴らが去るころには私は何も考えることができなくなっていた。床が血液とよく分からない体液で濡れているのをただ見ているだけだった。
水滴が一粒、目尻からこめかみに流れてそこで自分が泣いていることに気がついた。
しかし声を上げることも身体を動かすこともできなかった。そうしようとも思わなかった。もはや私の中には何にもなかった。
このまま私は消えて行くのか。そう思った時、月明かりが僅かに差し込むだけの暗い部屋に頼りなくも温かい光が目の前に現れた。



「人は変われるじゃないですか」

奴がそう言ったのは私を人だと思ったからなのか、人と変わらないという意味なのか──私に団子と着物を渡して、哀しそうな目をした人みたいな青い鬼。

どの面を下げて帰ればいいのかも分からない私は家の前に立ち尽くしていた。何刻経ったか、腹が卑しい音を立て、自暴自棄になった私は得体の知れない団子を口にした。
涙が止まらなかった。

泣き声に驚いた両親が家から飛び出して来て、それからのことはよく覚えていない。ただ母さまが私を優しく抱きしめて、鬼退治なぞしなくていい、どこにも行かなくていい。と泣いていたこと以外は。



私が成熟したのは、皮肉にもその三日後だった。


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