第二章(6/7)


それからひと月経った頃。また桃がひょっこり現れ、散歩に行かないかと言う。
散歩つっても、空気も冷え始めた時期だ。特別目に面白いものがあるわけでもなく、桃と俺は黙って歩き続ける。
ふと気づくと、見知った野原まで来ていた。桃とあいつが決闘した場所だ。

「旅なんてしてると、思い出の地が多くていかんな」

桃が苦笑いしながら口を開いた。

「あいつ、どうなっただろうな」

「さあ。少なくとも私の刀は無事みたいだが…」

桃は息を吐いて腰に手をやった。あれから桃は代わりに野郎の刀を佩いていた。

「んなこと分かんのか?」

「ああ。使いものにならなくなったら私の元に還って来る。折れたり欠けたりすることはないが……鬼にとってあれは価値のない、むしろ忌むべきものだからな。鬼ヶ島で“落とした”としても刀は海にでも捨てられるだろう」

桃の言う『還って来る』ってのがいまいちよく分からなかったが、とにかく野郎はうまくやってるってことか?

「奴なら他人に譲るなんてことはしないだろうから、まだ鬼ヶ島に着いてないのかもな。或いは辞めたか。それが一番いいがな」

「野郎のこともそうだが…なあ桃、あのヘタレの心配はしてないのか?あいつ、すぐに殺られるぞ」

俺達が鬼ヶ島で出会った、あのヘタレでビビリの鬼。そして桃にとっての大切な存在。
桃は「ふむ」と顎に手を当て、考えるふりをした。

「あの岸に直接行くには複雑な海流にうまく乗らないといけないんだ」

そういえばやけに右だの左だの指図された気がする。正面突破すればいいものを、なんて捻くれた性格なんだと思っていたが。

「だから奴が会うとしたら、偶然あいつが里に降りている時か、鬼どもを殲滅させながら島中を探索するか…あの薬では無理だろうな」

「薬か…」

あの薬の力は確かに凄かった。だが持続力が低く、副作用も酷かった。
あいつが薬に頼らず自分の力を磨いていたら、望ましい結果になっていたんだろうか?

「死にかけている所をヘタレが発見して連れて帰るかもしらんな。思えば私もそうだった」

桃は笑う。だがどこか悲しそうな、痛々しい笑顔だった。

桃とヘタレの運命的な出会いってやつを俺はまだ知らない。俺は桃のことを何も知らないんだ。
桃はそんなこと知らなくていいと言う。俺達に気を遣っているのか、知られたくないのか。くそっ、なんで桃の傍にいない奴らばっかり知ってやがるんだ。

「どうした?」

「いや…」

桃の瞳が俺の顔を覗き込んでいた。俺は慌ててかぶりを振る。なんで心配されてるんだ、俺。

「…そろそろ戻るか」

桃は身体を半周回して元来た道を行く。

「あ」

しかし短い声を出してすぐに立ち止まった。その理由は桃の視線の先を追ってすぐ分かった。
脇道に生えた桃の木。
もうとっくに枯れてしまっているが、一本だけ、満開の花を蓄えた枝があった。
不思議なこともあるものだ。行きは見当たらなかったはずだ。いや見逃していたのかと俺が頭を捻っているうちに、桃はその枝の下に行き、それをしげしげと見た。

「返すなと言ったのに…」

溜息混じりに呟くと、花のついた枝を根元から折ってしまった。
そして桃がそれを一振りすると、枝は抜き身の刀に変わっていた。

「おい、それって……」

「……そうか。御苦労だった」

俺の言葉なんて聞こえてないように、桃は鋭く光る刀身を見つめて独り言を言った。まるで刀と話しているようだった。

桃はもう一度木を見上げ、その刀で手頃な枝を切った。切り落とされたはずの枝はなく、いつの間にか刀には鞘がついていた。

「…あいつは自力で戦ったそうだ。ちゃんと犬と猿、雉も連れて。鬼を何匹かやったらしい」

「…そうか」

桃は刀を佩き替えると、元は野郎のものだった刀を桃の木の根元に突き立てた。
そしてその前に跪いて一礼した。

「人は変われる──か」

桃はそう呟くと立ち上がった。

「行こう」

「……ああ」

俺達はまた黙って肩を並べて歩いた。
桃は一度も振り返らなかった。


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