──鬼を退治しない桃太郎は存在する意味があるのか?
昨日会った偽桃太郎の言葉が頭から離れなかった。かつての俺なら意味なんてないと即答していただろう。
しかし実際桃を見ているとそんな気もなくなって行った。ちゃらんぽらんなようで、根はアツくて。こいつには何かこいつなりの考えがあるんだと思う。
「なるほど、豆腐とワカメか」
そう、まるで豆腐とワカメのように……ん?
「薄味派なんだな。意外だ」
いつの間にか桃が隣で味噌汁を啜っていた。
ここは俺の家だ。そして味噌汁も茶碗も俺のものだ。
「猿の家はな、濃いめの赤味噌なんだ。イモやら大根やらの具がゴロゴロ入ってて飯が進む。あ、でもこういう質素なのも好きだぞ」
文句があるなら帰れと言う前に保険をかけられ言葉に詰まる。
「雉の家はまだ行ったことないが…飯には吸い物とか言ってたな。奴め、なかなかいいとこの嬢のようだ」
「他人の味噌汁事情はどうでもいい。何しに来たんだ?」
桃は味噌汁を飲み干し、空になった茶碗に鍋の味噌汁を注ぎ直した。
「何って、今日は例の決闘の日じゃないか」
「迎えに来たのか」
「いや、昼飯を拝借しに」
桃が箸に手を伸ばそうとしたので慌てて俺はそれを制した。
「てめえ、何する気だ」
「うまそうなブリ照りが食えといわんばかりに目の前にあったもんで」
「主菜は狙うな主菜は」
舌打ち。
そして俺に背中を向けた。子どもか。
「…しょうがねえな。端っこだけくれてやる」
「すまないな。ここに頼む!」
魚の身を少しほじくり出してやると、桃は両手を差し出した。
が、その手の上には握りかけた白飯。
「何ちゃっかり握り飯作ろうとしてんだ」
「食えといわんばかりに飯がそこに…」
「嘘つけ、蓋してあっただろうが」
「細かいことは気にするな」
桃は飯で挟み込むようにして俺の箸から魚を奪った。
適当に握ってそのまま一口。
「なかなかうまい」
「そーかい」
「これが最後の晩餐ならぬ昼餐になるかもな」
そう言って桃は笑う。
──はかなく散る桃の花。
「…縁起でもねえこと言うんじゃねーよ」
「いやあ実際、どっちが幸か不幸かなんて分からんもんだ」
どういうことだと聞こうとしたら、ぼりぼりと小気味いい音が聞こえて来た。
油断した隙に漬物まで拝借されていた。
昨日と同じように村の外で猿と雉が待っていた。
「特製きびだんごは食ったか?」
「勿論!」
「食べたよ!美味しかったね〜」
「そうだろう。あまりの美味さにうちの父さまが喉を詰まらせたからな」
桃は猿や雉とそんなことを話しながら行く。今から決闘に向かう奴の会話とはとても思えない。
示し合わせた場所に着いた頃には既に偽桃太郎はそこにいた。
「よう、待たせたな」
桃は気軽に手を振った。しかし偽桃太郎(面倒になって来たので以下、偽太郎と呼ぶ)の方は険しい表情だ。
「逃げると思っていたが…」
「私はそんなに薄情じゃない」
これについては首を傾げたい所だが、まあそれは置いておこう。
桃はするりと刀を抜いた。
「そっちこそ、志に変わりはないか?」
「無論」
「じゃあ、さくっとやってさくっと終わろう」
「……」
偽桃太郎は一本、余分に持って来たらしい刀を投げてよこした。
重たい太刀は鈍い音を立てて桃の足元に横たわる。
「仙桃刃では人を斬れないだろう」
桃は一瞬、目を見開いたが、すぐに薄い笑みを浮かべた。
「さすがだ」
抜き身の刃を鞘に納め、足元に転がった太刀を大義そうに拾う。
「ちょっとばかり斬って驚かせてやるつもりだったが、その必要はなさそうだな……ならば私が人を斬れないことも知っているだろうに」
「仙桃刃はそうだが──桃太郎は人を“殺せない”だけだ。“斬れない”わけではあるまい」
偽太郎はとんちみたいなことを言う。話についていけない俺達三人は相変わらずおいてきぼりだ。
「殺さずに斬れと?他人の刀で?」
桃は挑発するような調子で言う。偽太郎は薄く嘲笑って答えた。
「桃太郎なら可能だろう?」
桃は黙って眉をひそめた。
「心配せずとも、俺に傷一つ負わせればこの場で自害してやる」
「物騒なことを言う。私はお前に死なれた所で何の利益もないんだ」
「ならば望みは何だ」
「望みねえ…」
桃は顎に手を当てて考えた。あ、そうだ。と指を鳴らす。
「勝負に負けたら下僕道ということにしてるんだが、どうだろう」
驚いたのはあちらさんだけではなかった。
こいつ、自分を殺そうとしている奴を仲間にする気か?
「…ははっ、ははははは!!」
偽桃太郎は途端に狂ったように笑い出した。なんだこいつら、何考えてるのか分からな過ぎて怖ぇ。
「俺が貴様の下僕だと?死ぬより辛い生き地獄だ!成る程対価に相応しい。受けて立とう」
「…すげえな、あいつ」
猿がぽそりと漏らした。同感だ。
「桃ちゃんがやられるのは嫌だけど、あたし、あいつと一緒にいたくない」
そう言って雉は複雑そうな顔をした。これまた同感だ。
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