第二章(3/7)


特製きびだんごを手に入れた桃は「幸せそうだった」と安易に言ってしまうのが申し訳ないぐらい、幸せそうだった。

金は全て桃が持った。
桃は店を出ると、礼だと言ってきびだんごを一袋ずつ俺達に渡した。妙な所はきっちりしている。
残りの五袋を風呂敷に纏めて貰ったのを大事そうに両手で持ち、鼻歌なんか歌っている。今食わないのかと聞くと、桃は大きく頷いた。

「うちに帰って両親と食べるんだ」

親って、桃を拾ったじーさんとばーさんか。遠い道を老体に歩かせるわけにもいかないから代わりに俺達に頼んだんだろう。血も繋がらないのに。こいつ、意外と孝行娘なんだな。
始めにそう言ってくれりゃあ俺も素直になれたのに。まあ、五袋の大半は桃の胃に納まるんだろうが。

踊るように帰路を行く後ろ姿を見て、少しだけだが…その、可愛いと思った。
短すぎる丈と、腰に差した大きな刀が残念だった。まともな格好してれば──そう、仮にも年頃の娘なんだ。もしこいつが桃太郎なんかじゃなかったら、今頃どっかの男と結婚して幸せに暮らしていたかもしれないんだ。

「あんた今やらしいこと考えてたでしょ」

「考えてねーよ!」

雉の言葉に咄嗟に反応したが、雉は目を丸くして俺を見た。

「今の、猿に言ったんだけど。やだー!あんたも考えてたの!?」

しまった。
雉は大袈裟に身をよじる。何もやらしいことは考えてないし、どっちかというと真面目なことを考えていたと思う。

「ほっといてやれ。おおかた私のパンツでも思い出したんだろう」

「はあ!?」

思い出してねえ。思い出してなかったのにそんなこと言うから思い出しちまったじゃねーか畜生!

「ちょっとあんた!」

雉が金切り声を出す。

「何色だったのよ!!」

「へ?」

「俺も見たいんですけどどうしたら見せてくれるんですか!!」

猿が桃に向かってシャウトする。何で敬語?
桃は「さあな」と笑って先を行ってしまう。

「形は?フリルは!?」

雉がしつこく問い詰める。が、俺もじっくり見たわけじゃない。

「ただ…」

「ただ?何よ」

「いや…」

白だった。
そんなナリして清純派かよと思ったことだけは覚えている。

そんなことを言い争っていると、ぴたりと桃が足を止めた。

「どうした?」

返事を聞く前にその理由が分かった。
桃の前に立ち塞がる人影。

「お前…」

行きがけに見かけた偽桃太郎だ。

「桃太郎…」

偽桃太郎は低く呟いて桃を睨みつけた。

「俺と勝負しろ」

野郎の声は人通りの少ない野原に妙に響いた。

桃は「あぁ」と気の抜けた声を上げる。

「あんたが桃太郎さんだったのか」

相手は訝しげに片眉を吊り上げる。

「私はあんたに憧れて桃太郎のナリをしてる者だ。悪気はない。女の身に免じて許して欲しい」

「な…っ」

俺達は慌てて息を飲んだ。桃が後ろ手に隠した風呂敷。

『私はトラブルを起こしに来たんじゃない。きびだんごを買いに来たんだ。そしていち早くそれを食べたいんだ』

桃の台詞が脳内に蘇る。
家に帰るまでが遠足、というわけでもないが、こいつは誇りを捨ててまで早くじーさんばーさんに特製きびだんごを食わせてやりたいんだ。
桃はいけしゃあしゃあと言い放つと片手をひらりと振って奴の脇を抜けようとした。

「待て」

桃の喉元に、素早く抜いた刃の切っ先が突き付けられる。
桃は困ったような顔で「ひゃあ」と悲鳴を上げてみたが、その声色は危機感ゼロだ。どうせやるならもっと演技しろっつうの。

「何を世迷い言を。俺を挑発しているのか?」

野郎の目が鋭く光る。

「桃太郎は貴様だろう。今の桃太郎は女の身だと聞いている。何よりその刀が証拠だ」

刃を突き付けたまま、偽桃太郎は桃の腰にある太刀を顎で指した。

「その鞘の色、形、装飾…。桃太郎が持つという妖刀『仙桃刃(せんとうじん)』に間違いない」

「へえ。そんな名前だったのかこいつ」

桃は刀に手を置いた。そして溜息をついた。

「どうやら言い逃れはできそうにないらしい」

「当たり前だ。俺をそこいらの輩と一緒にするな」

偽桃太郎は一度刀を降ろし、語り始めた。





──あれは俺が五つかそこらの時だった。

俺の村に鬼の軍団が攻めて来た。
村は壊滅寸前。両親は呆気なく殺され、俺も鬼に見つかって殺される所だった。

その時、桃太郎が現れた。勿論、貴様じゃない。"前の"桃太郎だ。
村の奴らじゃ歯が立たなかった鬼どもをあっという間に蹴散らして行った。ガキの俺が心奪われたのも当然のことだ。

それから俺は親戚に引き取られ、剣術を習いながら血眼になって桃太郎に関する資料を読み漁った。いつか桃太郎の弟子に、いや、一戦交えるだけでもいい。少しでも認めて欲しかった。
……しかし、俺が力を手に入れた時にはもう"あの人"はこの世から消えていた。そして貴様が生まれた。

俺は耳を疑ったよ。桃太郎が女?鬼を退治しない?桃太郎は鬼を退治する為に生まれた存在のはずだ。よって貴様が存在する意味はない。俺は貴様を消す。そしてその代わりに俺が鬼を殺し桃太郎となる──



睨みつけられ、黙って聞いていた桃がゆっくりと口を開いた。

「なんだかややこしいが、なかなかに可哀相な奴なんだなお前も」

「煩い!つべこべ言わずに俺と勝負しろ!」

桃は偽桃太郎の目を見て、はっきりと一文字一文字発音した。

い・や・だ。

きょとんとする奴に構わず、桃は身を翻す。

「鬼退治したいなら勝手にしてくれ。心配しなくても私もいずれ消えるさ。お前の憧れの“桃太郎さん”みたいにな」

「俺は…俺はこの手で貴様を消す。それでないと気が済まないんだ…!」

「しつこい奴だな」

振り切ろうとする桃に、野郎が噛み付く。暫くの押し問答の後、桃は声を低くして言った。

「いいだろう、そんなに言うなら勝負してやる。ただし今日は駄目だ。明日の未の刻、また此処に来てやる」

偽桃太郎は疑いの眼差しを投げ掛ける。

「私は逃げも隠れもしない。もし来なかったらこいつらもろとも消して貰って構わんぞ」

「は!?」

桃は俺達を指さした。思わず叫んでしまったのを聞いて桃はへらへらと笑う。
偽桃太郎は俺達を交互に見て暫く悩んでいたようだが、やがて口を真一文字に結んで頷いた。

「よし、そうと決まればさっさと帰ろう。行くぞお前ら」

「お、おう…」

桃は風呂敷を大切そうに持ち直して歩いて行く。
俺達が見えなくなるまで偽桃太郎はこっちを見ていた。


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