第二章(2/7)


抗議のつもりなのか、立てた両膝に顔を埋めて桃色の塊と化した女が狭い部屋の真ん中で陣を張っている。凄まじく邪魔だ。

「おい、パンツ見えてんぞ」

「いくらでも見せてやるから私に同行しろ」

桃は顔を上げて恨みの篭った眼差しを俺に向けて来る。別に見たくないから帰ってくんねーかな。

「こんなこと頼めるの、あとはお前しかいないんだ…」

ぽつりと桃が言った。褒められてるのかけなされてるのか分からないが、とにかく俺がうんと言うまで動きそうにもなかった。俺は大袈裟に溜息をついた。

「しゃーねえ、もう着替えちまったし、行ってやるよ」

「!! 本当か!」

花が咲いたように、桃の表情が明るくなった。なんやかんやで一喜一憂に振り回されてる俺は桃に甘いのかもしれない。

「じゃあ行こう!すぐ行こう!」

湯呑みに残った茶を飲み干して、桃は俺の袖を引っ張った。家を飛び出し、跳ねるように駆けて行く。

「そんな急がなくても…」

「おーいお前ら!犬が来てくれたぞ!!」

「…は?」

村の外に出た所で俺は後悔した。
そこには猿と雉がいた。挨拶代わりに舌打ちを交わす。

「帰る」

「なんでだ!」

桃が慌てて俺の前に立ち塞がった。

「俺しかいないっつーから来てやったのに…」

「私は猿と雉とそれ以外には、というつもりで言ったんだが…」

「なーに?桃ちゃんと二人きりだと思ってたの?やっらしー」

蔑んだ目で雉が言う。
二人だとは思ってたが下心はねえ。つーか下心が実体を持って現れたみたいなお前らに言われたくねえ。

「まあまあ、私のパンツ見たんだから堪忍してくれ」

桃が余計なことを言ったせいで猿と雉は毛を逆立てて言葉にもならない悲鳴を上げた。

「何やってんのよ!!」

「見てねーよ!見えただけだ」

「見たんじゃねーか!羨ま…この変態野郎が!!」

これはどう弁解したって無駄な気がする。ストレスののしかかった肩に、気軽に桃が手を置いた。

「何はともあれ、男に二言はないはずだ。違うか?」

「…くっ」

「さあ行こう。こんな所でだらだらやって売り切れたらことだからな」

俺の返事も待たずに、桃はいそいそと歩を進めた。これは立派な詐欺だと思う。
もう一度猿と雉に舌打ちを交わし、俺はその後を追った。



半里を過ぎたほどで、徐々に道に人が集まり始めた。

「桃太郎だって!」

「えっ、マジで?どこ?」

口々にそんなことを言っている。実物はどうであれ、桃太郎のブランド力はやっぱり強いみたいだ。

「人気者だな」

俺がそう言うと、いつもなら調子に乗って余計な自慢話までしそうなものだが、桃は前を見たまま一言「違う」と言った。

「私じゃない」

見ると、人々は俺達に見向きもしないで一件の茶店に駆け寄っては興味深げに中を覗いている。

「なんだ…?」

つられて俺と猿、雉は雑踏の中から店内を覗く。
そこには立派な身なりの男がいた。結い上げた艶やかな黒髪。凛々しい顔に鉢巻きをし、遠目からでも分かる上物の着物を着こなしている。桃に出会うまで俺らが想像していた“桃太郎”のイメージそのものだった。
野郎は座敷に座り悠々と茶なぞを飲んでいる。

「おい!お前…っ」

ぶっ飛ばしてやろうと思った所で桃が俺の尻尾と雉の髪を掴んで人込みから引きずり出した。猿は尻を蹴られていた。

「行こう」

桃は無表情に言うとすたすたと先を行く。俺達は顔を見合わせてから再びその後を追った。

「何で何も言ってやらないの!?」

憤慨した雉が桃を問い詰める。桃はやれやれと首を振る。

「私はトラブルを起こしに来たんじゃない。きびだんごを買いに来たんだ。そしていち早くそれを食べたいんだ」

猿が噴き出した。「なるほど桃ちゃんらしい」と言う。…俺もそう思う。

「でも、私はあんな男が桃ちゃんのフリしてるのが嫌で…」

「桃太郎は英雄だからな。真似したい奴はたくさんいるさ」

桃はくるりと俺達の方に向かって言った。

「存外、私もその一人かもしれないぞ」

笑っていたが、どこか苦しそうな顔だった。桃は自分を責める時、こういう表情をする。

「よくもまあ、女桃太郎なんて胡散臭いものについて来たものだな」

俺の場合、無理矢理ついて来させられたんだが…。いずれにしろ、よく考えてみれば確かに胡散臭い。
だがこいつは本物だと俺は信じている。理由なんてないが、直感でそう思う。
こんな時、平然と「可愛いから」で済ませてしまう猿と雉が少し羨ましかった。



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