「…どうしよう」
「どうしましょうか…」
猿と鬼は引っ付きそうなほどの距離に頭を並べ、地面の上に置いた“それ”を見ていた。
「あんたが拾って来たんだからあんたが持っておいたら…」
猿が言うと鬼は飛び上がって激しく首を振った。
「ややや、いや、構わないですけど、かっ、構わないんですけど、やっぱりご自身のものですからご自分が持って行かれた方が…!」
何その反応。と猿が聞くと、鬼はややあって小さな声で「気まずいじゃないですか」と答えた。
「んなこと気にしなくても煮るなり焼くなり好きにしてくれれば…」
「食べませんからっ!!」
「いや…うん」
鬼の必死の形相に、猿は困ったように頬を掻いた。
「持って帰るにしろ桃ちゃんに見つかったらなあ…」
「私がどうしたって?」
突如背後から現れた桃太郎に、男たちはありったけの悲鳴を上げながら“それ”を白い布で包んで隠した。
「もももも桃太郎さんッ!!」
「なんでもない、なんでも」
引き攣った笑みを浮かべる二人に、桃太郎は冷たい視線を投げ掛ける。
「そんな怪し過ぎる態度を取られてああそうかいと言うほど私は馬鹿でも優しくもないぞ」
「いや、ほんと桃ちゃんのお目に入れるようなものでは…」
「構わん。見せてみろ」
桃太郎は少し怒ったような声色で顎を引く。
猿と鬼は顔を見合わせ、頷いた。
「いけっ!鬼っ!!」
「うわああああ」
猿の掛け声と共に鬼は桃太郎目掛けて突進した。
が、するりと避けられ揚句足を引っかけられる。まさかの反撃に鬼はいとも簡単に倒れ、顔面を地に打ち付けた。
「お前が私に勝とうなんざ千年早い」
「そ、そんな…」
鬼は半べそをかきながら顔を上げた。桃太郎の短い着物の裾から中身が見えた。鼻血が出た。
「おっ…お前見たんか!見たんかぁああ!!」
猿が鬼に向かってキーキーと鳴く。鬼は顔を真っ赤にして地面に伏せた。
「ならばこちらも見せて貰わないと採算が合わんな?」
桃太郎はにっこり笑って猿に手を差し延べた。
「ちょっと待って、俺見てないし」
「連帯責任だ」
「ずりぃ!」
渋る猿に、いいから見せろと桃太郎は飛び掛かった。
猿は取られまいと必死に抵抗するが、桃太郎の義理に敵わず、間もなく“それ”は奪われてしまった。
「きゃー!えっち!」
猿が裏声で叫んだ。
なんだなんだと桃太郎はそれなりに重みのある布を解いた。
布に包まれていたのは、固く青くなった猿の右腕だった。
「これは…」
桃太郎が静かに呟いた。その後ろで、鬼と猿はばつの悪そうな顔をしていた。
もう済んだことだというのに彼女はまた自分自身を責めるのではないかと、そう思ったからだ。
「猿、お前これをどうするつもりだった」
振り向いた桃太郎の顔は真剣だった。猿は思わず生唾を飲み込んだ。
「いやあ、そのことで今ちょっと揉めてて…」
しどろもどろに猿が言うと桃太郎はそうか、と頷いた。何かを決意したようだった。
「お前さえよければ、私に譲ってはくれないか」
予想だにしなかった発言に猿は一瞬たじろいだ。
「いいけど…変なことに使うんじゃないでしょうね」
わざとふざけてみせたのは、どうするのか聞くのが少し怖かったから。
「大丈夫だ。しかるべき場所に葬ってやりたいだけだから」
桃太郎はどことなく寂しそうな笑みを浮かべて言うと、腕に抱えたものを少し強く握った。
数多の桃の木の間を裂くように大きな川が流れている。柔らかな光がそれら全てを包み込み、淡く輝かせている。
桃太郎は一本の桃の木の下に行くと、その根元に白い布を置いた。
そっと合掌する。この木の下にはいくつ“破片”が埋もれているのか、もはや分からない。
「私は間違っているか」
閉じていた目を開けると桃太郎はぽつりと呟いた。
誰もいない常世の国では返事など返って来るはずもなかった。
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