Six(1/10)


都心のとある一角。
巷のビルが縦に縦にと伸びる中、『黒陽組』と看板の付いたそれは場違いに広く大きなものだった。


水無月悠衣は静かなドアの正面に立ち、高鳴る鼓動を抑えようと胸に手をあて大きく深呼吸した。

黒陽組──名前からするとアブナイ職業のように見えるが、れっきとした公務組織である。正式には新警察特務部隊という機関で、全国各地に広がり治安維持から探偵のような事までやっている。まさに国による国民のための英雄機関といった所だろうか。
この黒陽組はその中でも最大にして最高の組織だ。ばかでかい分あって優秀な隊員が勢揃い。黒陽の通った跡に悪と謎は残らないとか何とか。

中学三年の秋からここを目指すようになり、高校時代も特に青春が訪れるようなこともなかったので必死に勉強した。
そして二年間の合宿訓練と試験。思えば長く厳しい道のりだった。
だが、その涙ぐましい努力も今盛大に実ったのだ。

黒陽組は十二からなる隊で組織され、それぞれに主となる隊長、副隊長、そして隊によって人数は異なるが平隊員達が配属されている。
悠衣はなんと初任にして六番隊副隊長。こんなに光栄なことはない。制服の胸についたエンブレムが誇らしげに黄金色の光を放つ。

ドアの横には『六番隊』と書かれた凛々しいプレートが貼られている。
きっとこのドアの向こうには六番隊隊長、巳影春夜(みかげしゅんや)がいるのだろう。

どんな人なんだろう。
名前を聞いた時からそんな事ばかり考えていた。
六番隊隊長、つまり直属の上司。おそらく長年付き合う事になるだろう。
頭の中で想像してみても、気付かない内に少女マンガの主人公のような爽やかでハンサムな線の細い青年が出て来てしまう。

ダメだダメだ。世の中そんなに上手く行かないんだから。

悠衣は頭の中のイメージを振り払うように首を左右に振った。

何事も初めが肝心!

もう一度大きく深呼吸をした後、ドアを三回ノックする。コンコンコンと響いた小気味いい音に心臓は張り裂けそうだ。

「失礼します!」

ドアを押し開けると整然とした空間が広がる。
部屋の正面には、カーテンが閉められた窓が一つ。その手前にはオフィス用の机と椅子が二組あり、中央にはロングテーブルと二台のソファーが置かれている。
しかし、そこに人の気配は無かった。

「どなたかいらっしゃいませんか?」

部屋の中央へ歩を進め、問いかける。
見回すと右手にもう一つドアがあった。脇にはコーヒーメーカーがちょこんと置かれている。
ドアノブに手を回してみると、鍵がかかっているようだった。念のためノックをし、耳をそばだててみたが何の音もしない。

「おっはよー!」

そうしていると、先程悠衣が入って来た方のドアが元気よく開いた。開かずの間に意識を奪われていた悠衣は反射的に飛び退く。

ドアの向こうからは、派手な色のシャツをだらしなく着崩した、ホストのような風貌の男が現れた。男は悠衣と視線がぶつかるなり驚いたような表情を浮かべた。

この人が、巳影春夜隊長──

呆気にとられていた悠衣は我に返り即座に深々と頭を下げた。

「はっ、初めまして!この度六番隊副隊長と相なりました水無月悠衣です!よろしくお願いします!!」

強く閉じた瞼で耐え凌ごうとしたものの指先や唇は小刻みに震えた。

「副隊長ねぇ…へぇ。悠衣ちゃんか。可愛いやん」

そんな悠衣の緊張をほぐすように春夜は人懐っこい笑みを浮かべて言った。外見同様に軽い口調には、関西独特の訛りがついていた。
聞き慣れない関西弁のせいもあるかもしれないが、悠衣の頬はいささか熱を帯びる。可愛いなんて社交辞令でも中学一年生の時に近所のおばさんに言われて以来だ。

「まァ立ち話も何やし。座り」

春夜はソファーを指差すと、コーヒーメーカーに歩み寄った。

「確かここに…うわあ何や面倒臭い事しよるなぁ」

ぎこちない動きで悠衣が腰を下ろす間に、春夜はぶつぶつ独り言を言いながらコーヒーメーカーの台代わりとなっている小さな棚の中からコーヒー豆とミルを取り出す。

「ちょっと待っといてな」

「あっ、お構いなく…」

どうやらコーヒーをもてなしてくれるようだ。
想像してた人物像とはいくらか違うものの、いい上司でよかった。
ゴリゴリと豆をすり潰す音と香ばしい匂いが漂う。ソファーは柔らかくて気持ち良い。
悠衣は視線を巡らせる。と、ある一点に釘付けになった。

ミルを回す振動に合わせて、春夜のコートの間から、髪と同じ色をした赤みがかった茶色く細長いものがちらりちらりと覗く。

「なあ悠衣ちゃん…あれ?どないしたん?」

ミルが止まり、春夜がタイミング悪く顔をこちらに向けた。自分に注がれていた熱い視線に気づき首を傾げる。

「ま、まさか俺のこと…」

春夜は大袈裟に息を飲み、胸に手を当てた。

「いや、あの、コートの中が…」

「なーんや」

春夜はコートの裾を腰まで托し上げた。
尻から伸びたそれはふよふよと自由に動いてみせる。猿の尻尾みたいだ。



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