「で、」
「……」
「この点数ですか」
あれから二週間。
「そろそろテスト返って来たんじゃないですか」なんて言われたら言い逃れはできない。
リビングのソファーに腰を掛け、解答用紙を突き出す煉。
正面には床に正座し、上目づかいにそれを見上げる当の本人、純。
解答用紙の端の数字は国語と英語以外全て四十点以下を示していた。数学に至っては赤点だ。
「コンタクト落としたから見えな…」
「じゃあ読み上げましょうか?国語!ごじゅ…」
「嘘!嘘だよ見えるからいい!!」
勉強に関してプライドなんてものはないが、家中に響くような大声で点数を言われてはさすがにたまらない。
「ちなみに『嘘』って漢字間違えてますけど」
煉はそんな純を鼻で笑って解答用紙の一点を指し示した。漢字の書き取り問題の三問目、『ウソ』とルビが打たれた横に純が書いていたのは『罪』だった。
「これじゃ『ツミ』です」
「あー、惜しいなー」
「惜しくない。どうするんですかこれから」
煉の問いに純は目を輝かせながら答えた。
「嘘をついた事を罪として重く受け止めておくよ」
「…上手くないですから」
座布団三枚はくだらないなと、すっかり噺家気分だった純は渾身の閃きを溜息混じりに一蹴され肩を落とした。
煉は脚を組みながら再び問い詰めた。
「新学年初っ端からこんな点数でどうするんですかと聞いているんです」
モチベーションの下がった純は口を尖らせて言った。
「いいよそれ、あんま成績に関係無いから」
ぴく、と、煉のつま先が僅かに動いた。
まずかったかと思った時には遅かったようだ。煉の話すペースが早くなる。
「そういう問題じゃないでしょう?正直言ってあなたの場合、進級出来た事さえ奇跡に近いんですからね?」
「正直言い過ぎだろ!…うん、でも今度から頑張る」
「いつから?」
「今度か…いや、今日から頑張ります、はい」
純は肩をすくめた。こういう時の煉には素直に従った方が身の為だ。
「わかりました。頑張って下さいね。絶食する気で」
「う…うん…」
純に念を押してから煉はリビングの出入口に目をやると、にっこりと笑った。
「そういえば、あなた達のはまだ見せて貰ってませんが」
「うっ…」
そこにはこっそりのぞき見をしていた詩織と優がいた。
「何あいつ、勉強勉強って…うるさい」
もれなく姉妹もテストを見せることになった。初回で実力が分からないということもあり、詩織は様子見で済んだが優は純とほぼ同レベル、いやそれ以下だった。
その結果、現在純と優は煉の指導の下リビングのテーブルで強制補習を受けている。煉が少し席を外した瞬間、口を尖らせて文句を言うのは優の方で。
「煉はなぁ…昔からだよ。優等生だし」
「だからって…もうっ!むっ、かっ、つっ、くっ!」
「あなた達の将来の為を思って言ってるんですけどねぇ…」
いつの間にか煉がリビングの出入口に立っていた。
純は「俺は何も悪口言ってないからな!」と自己防衛を図る。
しかし優は眉間に皺を寄せ煉を睨んだ。
「いいもん。私勉強しなくても行ける会社に入るから」
「馬鹿、どこでも勉強は必要だ。その前に一般常識さえ身についてないし、鈍臭いし…」
「どっ、鈍臭くないもん!」
かなり侵害だったらしく、優は両手を勢いよく机に叩きつけて立ち上がった。
一般常識のくだりは別に良いのか?と純が小さな疑問を持った事など誰も知らないのだが。
「入学早々廊下で転んでた奴が鈍臭くないとはな…」
煉はニヤリと挑戦的な笑みを浮かべた。
「なっ…!見てたの?」
「見た。すげえ上手い転び方だった。あれは転び慣れてる感が…」
「うるさーい!!」
顔を真っ赤にしながら叫ぶ優を見て煉は意地の悪い笑い声を漏らした。
「つーか煉って優にはキツいのな」
純は小腹が減ったのか冷蔵庫からソーセージを取り出し、くちゃくちゃと食べながら言う。
「そうだよ!みんなには敬語のくせにっ!」
「それはだって…」
一呼吸置き、答える。
「まず同い年だし何よりこんな馬鹿で何も出来ない奴を尊う必要なんてありませんから」
またあの笑顔。
それに若干腹立ちを感じながら優の脳はゆっくりと意味を理解してゆく。
そして全容が分かった時。
「…っひどいよ!バカー!!」
優はそのまま煉の脇をすり抜け二階へと走った。
「バカー!」
「待ちなさい」
どさくさに紛れて自分も逃げようとした純だったが、虚しくも襟首を捕まれて未遂に終わった。
「やっぱ駄目?」
「駄目です」
「だよなー」
観念した純は席に着き、上唇と鼻の間にペンを挟んで「ふーん…」と間の抜けた声を漏らしながら問題集を見下ろした。
リビングの出入口の方にちらりと目をやると、煉はまだその場に立ち尽くしたまま、少し遠くを見るような目で階段を見つめていた。
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