転校のススメ。(2/8)


一通り親睦会が終わると、詩織と優は二階に案内された。

「ええと。お二人は同じ部屋でも構わないとお母様から聞いてるんですけど……」

龍一は階段を上がって左手の部屋をそっと開けた。
勝手にそんなことまで決めていたのか。半ば呆れながら中を覗く。
二人の愛用していた家具や雑貨類のいくつかは既に配達されていた。段ボールの山の分を差し引いても二人で使うには十分な広さに思えた。

「はい、大丈夫です。どうせ別々にしてもこっちに来ちゃうし…」

実家では詩織と優それぞれの部屋を持っていたのだが、優が寂しがって詩織の部屋にばかり入り浸るので実質相部屋のようなものだった。前は元々一人部屋だったので優がいると邪魔だったが、これだけ広ければ有意義に過ごせるだろう。

「そうですか。もしまた後で一人部屋がよくなったら言ってくださいね。なんとか…整理しますので……」

「お…お気になさらず…」

「へーきへーき!」

優が後ろで能天気に言う。平気かどうかは私の判断だ、と詩織は心の中で悪態をついた。



荷物をおおざっぱに配置しておいた所で、詩織は隣の部屋へと向かった。

「入っていい?」

「んー」

ドアを開けると、部屋の真ん中でテレビに向かって背中を丸め、黒いコントローラを握りしめた純の姿があった。

「何?」

「ちょっとお話したいなと思って」

「あーそう」と相槌を打つ間も純の両手の指は目にも止まらぬ早さで動いており、ボタンがカチャカチャと小さく音を立てている。
画面を覗き込んでみると、廃墟のような所を舞台に、厳つい装備を着けた男性目掛けてグロテスクな容姿をしたモンスターたちが次々と襲い掛かろうとしていた。飛び交う血液と奇声。気味の悪い映像に詩織は顔を歪ませた。

気晴らしに、部屋をぐるりと見渡す。実際に先ほどの詩織たちの部屋よりはいくらか狭いのだろうが、床や棚に散らばった漫画やゲーム、テレビの隣に備え付けられている小さな冷蔵庫のせいかさらに狭く見える。
掛け布団がぐちゃぐちゃになったベッドの上にも何冊か少年漫画が無造作に置かれている。

「すごい、男の子みたいだね」

「あ?」

詩織がぽつりと言うと、純はやっとまともにテレビから目を離した。眉をひそめた怪訝そうな顔に黒縁の眼鏡がキラリと光る。

「え、だって…」

本人の顔さえ可愛いものの、がさつで服装も趣味も男っぽい部屋を、お世辞にも可愛いなんて言えないだろう。

「男の子みたい。じゃねえ、俺はれっきとした男だ!」

その声は狭い部屋に静かに響いた。詩織は頭の中が真っ白になった。

男?この子──純ちゃんが?

みるみる険しくなる純の顔。そう言われてみればそう見える気もしないではない。

「ってことは、龍一…くん、の弟で、嵐くんの…」

「兄貴だよ。言わなかったか?」

「ううん、言ってない」

「……」

本人の中では自分は皇家の次男だと言ったつもりだったのだろう。純はしばし口をぱくぱくさせた。が、すぐさま逆ギレにかかる。

「言ってなくても見たら分かるだろ!」

詩織も負けてはいない。

「分かんないよ!だってどう見ても女の子…」

そこまで言って、はっとした。しまった、言い過ぎた──

その時、奇怪な音がして純はテレビに顔を戻した。モンスターに襲われた主人公のライフが無惨に減って行く。純は短く舌打ちをしてコントローラを激しく操作する。

「その…ごめんなさいっ」

これをチャンスと言わんばかりに詩織は後ろ手にドアノブを回し、逃げるように退室した。

──ああ、やってしまった。

出会ってから数時間。これから一つ屋根の下で共に暮らす人を早くも激怒させてしまった。
高二、年齢も同じ。仲良くなれると思ったのに。
罪悪感を感じながらも本当に女の子だったらよかったのに、とひそかに思っている自分がいた。
一度無心になろうとリビングに下りてしばらく椅子に脱力していると、やがて誰かが階段を下りて来る音が聞こえた。もしや純だろうかと詩織は身構えたが、顔を出したのは煉だった。

「えっと…。ちょっと休憩を……」

「詩織さん」

一人でこんな所にいることを怪しまれまいともごもご言い訳をする詩織に、煉は口元に微笑を浮かべながら小声で言った。

「聞きましたよ、純さんとのこと」

詩織は数秒間静止した。

「…そう。凄く怒ってたでしょ」

「ええ、それはもう」

詩織はうなだれた。胸の奥がちくりと痛む。

「いいんですよ」

煉はなおも微笑を浮かべていた。それは慈悲にも見え。

「よくあることですから。あの顔じゃあ仕方ありませんよね。あの人もいい加減認めれば良いのに」

煉はくすくすと笑った。本人はあんなに怒っていたのに、仮にも身内があっさり肯定したことに詩織は面食らった。

「ところで。仲直りの方法があるんですが」

「仲直り?」

顔を上げると煉の手に小さな赤い箱が握られていることに気付いた。

「はい。よかったら教えて差し上げましょう──」



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