「純、誰かに私のこと言った?」
帰宅して純の顔を見るなり詩織は言及した。
「何も?…あ、そういや一緒に住んでるってことはナベ達に言ったけど」
「それでか…」
昼休みのことだった。
「清水さん、一緒にお昼食べようよ」とにこにこしながら寄って来たのは、ろくに話したこともない同じクラスの女子数人だった。
人気の少ない校舎裏に連れて行かれ、座るやいなや「皇くんと同棲してるって本当!?」だ。同棲ではなく同居だと訂正はしたものの、女子たちの質問は止まらない。
「いつも何話してるの?」
「なんて呼び合ってるの?」
矢継ぎ早に質問を浴びせられる。
適当に答えながら、詩織が弁当を広げたその時だった。女子生徒の一人が黄色い声を挙げた。
「それ、清水さんが作ったの?」
詩織は自分の手にある弁当箱を見て首を大きく横に振った。
弁当箱の中には肉、野菜とバランス良く考えられたおかずが、几帳面に並べられている。
「まさか!これはジュ…皇くんのお兄ちゃんが作ったの」
「お兄さんいるんだ!ってことはお兄さんとも一緒に暮らしてるんでしょ?」
「うん、まあ…」
それから話題の軸は龍一へと移って行った。
大学生のお兄さんと一緒ってやばくない?しかも家事できるんだ?やばーい!
そんな「やばい」の押収で何がやばいのかわからない。
──弟と、もう一人うちの学校の男子もいるけどね。
正直に言えば彼女達はもっと喜ぶだろう。
そう思いながらも、なぜか詩織はそれを口にすることができなかった。
「別に俺から喋ったわけじゃねえよ?聞かれたから答えただけ」
詩織は頭を抱えたが、さほど純を責める気はなかった。
別に隠すつもりはなかったし、いつかはばれると思っていた。クラスメイトとおしゃべりするのも望んでいたことだった。
なのに、こんなにもやもやするのはなぜだろう──
そんな日が一週間も続いた。よく次々と質問が出るものだと思う。
「ねえねえ、皇くんってさ…」
三時間目の休み時間、今日も教室では詩織を取り囲んで女子会が行われていた。回りの女子達が興味津々といった顔で口を開く。
詩織の中で、何かが爆発した。
「そんなに気になるなら本人に聞けばいいじゃない」
やや語調強めに、突き放すように言った。教室が、静まりかえった。
なぜこんなに苛立ちを感じるのか。その理由がやっとわかった。
彼女達は実のところ詩織にも、そして純にも興味がないのだ。ただ、同級生の男女が同居している、その状況に興味を示しているだけなのだ。
「──は?感じ悪」
そんな詩織に浴びせられたのは冷たい言葉だった。
「調子乗ってんじゃねぇよ」
さっきまで発せられた黄色い声が嘘のようだった。低い声で、口元は笑っていたものの、目が一切の感情を持ち合わせていなかった。
「行こ」
彼女らは舌打ちをすると、踵を返して去って行った。
詩織の胸に、ぽっかりと穴が空いた。しかしそれまで窮屈さを感じていた詩織は、その空間に解放感さえ覚えていた。
とはいえ、仮初めにも与えられていた居場所を失ってしまったのだ。
昼休みになっても、詩織の元に寄って来る者は一人もいない。遠巻きに、刺すような視線だけが送られて来る。居心地の悪さに、詩織は弁当を持ってそっと教室を出た。
「──いよっ!しおりーん!」
廊下に出るなり、誰かに後ろから背中を強く叩かれた。驚いて振り向くと、そこにはクラスメイトの山下咲子がいた。小脇にパンとフルーツ牛乳のパックを抱えている。
咲子は明るく、クラスでも目立つ存在だったがどこか飄々としており、さっきまでの女子集団にも混ざっておらず、特に話したことはなかった。
「今から飯?」
咲子は親しげに尋ねた。うん、と詩織が頷いたのを確認してから咲子は続ける。
「どっか良い場所知ってる?」
「ううん。適当に探そうかと……」
「あっそ。そんじゃ──」
咲子は口角を吊り上げると詩織の肩に腕を回した。
「あたしについて来い。良いとこ連れてってやる」
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