友達のススメ。(2/9)


純が帰って来たのは夕食時だった。

「おかえり。今日バイトだったっけ?」

リビングで迎えた詩織が声を掛ける。

「いや。香雅んちで遊んで来た」

純はシンクで軽く手を洗い、ソファーに脱力した。詩織もその横に座る。

「ほんと、純って胡鏡くんと仲良いよね」

「うん。親友だからな」

純が当然のように繰り出した言葉に胸がきゅっとなる。
詩織は転校してから未だに親友どころか友達と呼べる関係を築けないままでいた。クラスメイトにどう声を掛けていいのか戸惑うばかり。だからといって、別のクラスで仮にも男子生徒の純を頼るのも憚られた。

「純と胡鏡くんっていつから仲良いの?」

「んー、中二だったかな」

当時のことを思い出したのか、純は途端に頬を緩めた。

「俺の眼鏡を胡鏡が取ってくれたんだ」

「…なにそれ」

「まっ、要するにきっかけだよ。友達なんてな、作ろう作ろうと思って作るよりも、小さなきっかけで仲良くなった方が長く深かったりするんだよ」

「なるほどねえ…」

これまでの友人たちを思い返してみる。一人一人の出会った詳細までは覚えてないが、いつの間にか友達になっていた。確かにそういうものなのかもしれない、と詩織は思う。

龍一が夕食に呼ぶ声がしたので、純と詩織はテーブルに向かった。



数日後の朝。いつものように教室に入った純を、クラスメイトの渡辺と小宮が待ってましたといわんばかりに取り囲んだ。

「純、お前可愛い顔してやるなあ!」

不気味な笑みを張り付けて近づいて来る二人に純はヘソを曲げた。もっとも、純の気に障ったのは彼らの態度よりは「可愛い」という言葉なのだが。

なにが、と嫌そうに純が聞くと渡辺と小宮は顔を見合わせ、いっそうにやついた。

「しらばっくれんじゃねえよ」

「家に女連れ込んでるんだろ?」

小宮と渡辺は口々にそう言った。純は静かに眉間に皺を寄せた。
心当たりがない。あるとすればこの春新たに増えた家族。
純の思考がそこに及んだ瞬間と、どこかから声が発せられた瞬間はほぼ同時だった。

「俺、知ってる。それって四組の清水って子だろ?転校生の」

口を挟んで来たのは普段から渡辺や小宮と一緒につるんでいる石井だった。

「まっ、まじかお前、早くも転校生に手を出したのか!?」

冷やかしの声が上がる中、やっぱりそうだったかと純は頭を抱えた。

「違ぇよ。あいつ俺んち住んでるだけだから」

ぴたりと、男たちの動きが止まった。
やっと納得してくれたかと純は息を吐いた。が、その音は悲鳴にも近い叫び声でたちまち掻き消された。

「はあああああああ!?」

「おっ、おまっ、それって同棲ってやつじゃないのか!?」

響き渡る色めいた言葉に教室中の視線が集まる。
純は負けじと声を大にして否定した。

「違えよ! ただの同居人だよ。ルームシェアって感じ? 家族みたいなもんだよ」

「ルームシェアつってもよ〜、年頃の男女が一つ屋根の下で何もないわけねーだろ〜?」

またも不気味な笑顔を張り付けて小宮が純の脇腹をつつく。純は短く悲鳴を上げてそれを払い退けた。

「ねーよ! じゃあお前ら妹や姉ちゃんと何かあんのかよ」

「まさか! 気持ち悪いこと言うんじゃねえよ」

妹がいる小宮はたじろぎながら石井に視線をやった。石井は激しく首を左右に振った。石井には姉がいた。男兄弟しかいない渡辺は知らん顔だ。

「そうだろ? それと一緒だって。しょうもないこと考えんなよ」

純は三人に向かってしっしっと手を振った。
タイミングよく鳴ったチャイムが、まだ完全に納得しきれてない三人を席に押し戻す。

純は椅子に腰を降ろすと大きく息をついた。
こんな時、いつもならフォローしてくれる親友が今日に限っていない。家庭の都合で休まざるをえなかったのだ。

思えば香雅は純の家庭事情を全て知っている。
純の口から打ち明けたものだが、それらを聞いたときいつも彼は「そうか」とだけ答えた。冷たいわけではない。理解した上で敢えて詮索しない──そういう所が純には心地よかった。

あーあ。とため息混じりに呟いた時に教室に教師が入って来た。水曜日は一時間目から数学だ。
純はそのまま机に突っ伏した。


[*前] | [次#]
BackTop 

- ナノ -