賑やかだった部活見学もあっという間に最終日となった。
「二人は結局何にしたんだ?」
夕方のリビングで純が聞くと詩織はしたり顔で答えた。
「科学部」
「かがくぶ?」
純は大きな口を開けて詩織の顔をまじまじと見た。
「科学?雅楽じゃなくて?サイエンスの?」
「そう、サイエンス。自由に実験ができるんだよ?液体窒素も顕微鏡も使いたい放題なんだよ!?」
「えーオッタクーー」
爛々と目を輝かせて熱弁する詩織に純は大袈裟に身を引かせた。
「なによ。部活なんてみんなオタクの集まりみたいなもんでしょ」
言われてううんと純は首を捻ってみた。部活に励むクラスメートの顔を思い浮かべてみると案外そうかもしれないと思ったからだ。
「お姉ちゃんはそういうとこ、お母さんに似てる」
優がどことなく嬉しそうな顔で言う。
「そういうお前は何オタクになるんだ?」
煉がにやつきながら問いかけると、優は詩織に倣ってしたり顔で答えた。
「英語部だよ」
時の流れが数分停止した。
「エ、エ、エイゴって、あ、あの、イングリッシュのか?」
純は口をぱくぱくさせながらやっとのことでそう言った。優は「イエス!」と親指を立ててみせる。
「優、そんなあんた、英語の成績…」
これには詩織さえも面食らったようだった。
「私も絶対嫌だと思ってたよ…でも、そんなの関係ないよって…楽しそうだったし……」
優は少したじろぎながらも熱のこもった瞳で訴えかけた。
「そうは言ってもねえ…」
「いいじゃないですか」
口ごもる詩織にそう言ったのはじっと黙って聞いていた煉だった。
「確かに俺も予想の範疇外過ぎて驚きました。でも悪い決断じゃないと思うんです。どう転ぶかは分かりませんが──」
詩織も純も閉口して煉の顔を見た。さっきまで驚かせていた側の優は目を真ん丸にして尋ねた。
「ねえ、それって応援してくれるってこと?」
煉は途端に苦虫を噛み潰したような顔をして、ぶっきらぼうに「まあな」と答えた。
「やったー!ありがとっ」
優はリビングの中を跳ね回る。
「落ち着け、欝陶しい!」
そう言って立ち上がった煉の表情は誰からも見えなかった。
その夜、詩織は煉の部屋を訪ねた。
「優のことなんだけど…」
煉はクッションを用意して、そこに詩織を座らせた。
「あの子、最初部活に入るの嫌がってたでしょう」
煉は真剣な顔で頷いた。
「実は、あの子中学の時に私についてきてテニス部に入ったんだけど……ほら、あんな性格だし運動神経もないじゃない?コーチや先輩に厳しくされて、すぐ辞めちゃったんだよね」
詩織はここで一呼吸置いた。
「だから高校でも入んないんだろうなって思ってたんだ。煉が引っ張ってったって聞いた時も、正直拒否しても仕方ないかなって。でも、まさかあんな風にやる気になるなんて…」
詩織は顔を上げて柔らかく笑った。
「煉のおかげだね。ありがとう」
「いえ、俺は特に…」
煉は少し頬を赤らめて俯いた。
詩織が部屋を出て行った後も彼は黙ってカーペットを見ていた。
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