2024/05/08(水) 21:53 #夢日記

青年の家に乗用車が突っ込んだのはお昼前のことだった。
煉瓦で積み上げた小さな塀のおかげで家にはほとんど被害はなかったが、乗用車のボンネットが潰れている。青年は反射的に駆け寄り、搭乗者に向かって「大丈夫ですか」と声を掛けた。
運転席に一人、助手席に一人。スーツを着込み、ハットを被った男が乗っていた。男たちはドアを半分開けて身を乗り出すと、おもむろに青年へピストルを向けた。
青年は少しばかり驚きを見せたが、悠然とした口ぶりで「怪我はなさそうでよかったです」と呟いた。

発砲。

鉛色の弾丸がニ発、青年目掛けて突き進む。
が、青年はそれをひらりと躱すと面倒そうに遠くへ目をやった。向こうの建物から、やはりスーツにハットの男たちが数人、ピストルを構えてじりじりとこちらに近付いて来るのが見えたからだ。

青年は殺し屋に命を狙われている。
彼は超人的な身体能力を有していた。そのせいで命を狙われているのか、命を狙われ続けたせいで隠された能力が目覚めたのかは今になっては分からないが、ともかく青年には音速で飛ぶ銃弾さえ常人の域を超えた動体視力によりスローに見えており、躱すことなど造作もなかった。

が、集中攻撃されては躱すにも骨が折れる。青年は素早く自宅に入ると、二階へ駆け上がる。
自宅の一階は住居スペース、二階は美容室になっていた。とはいえ、常に殺し屋がやって来るこの状況では客足も途絶え、鏡や椅子が薄暗闇の中でしんと息を潜めていた。
窓から外を見る。家の前ではピストルを片手に、殺し屋たちが何やら話合っている。

青年は短く息を吐いて、窓から飛び降りた。
華麗なる着地。男たちの叫喚を背に受けながら、青年は一心不乱に走った。



あれからどれほど走っただろう。
青年は、追手のいないことを確認すると大きな土手の草むらに腰を落とした。長く、青い草々が風を受けてさわさわと泳ぐ。
しばし休憩していると、下道を黒いワゴン車が走って来るのが見えた。後部座席の半分ほど開いた窓から、黒いライダースーツに身を包んだ男と目があった。男は驚いた顔をして、慌てて後部座席のシートを弄った。
間もなくショットガンが窓から飛び出す。ワゴン車は既に青年の前をやや通り過ぎていたが、ライダースーツの男は顔をしかめながら引き金を引いた。

パチンコ玉のような弾が数個、青年に向かってゆっくりと飛来する。
青年はいつものように躱そうとしたが、思いの外疲弊していた身体が地面にぺたりとくっついて離れない。ほんの数個だというのに、満遍なく飛散した弾は僅かに動く上半身だけの可動域では躱しきれない。なるほどいくらスローモーションに見えていようと、避けられる隙がなければ同じこと。
青年はじりじり迫る銀色の小さな玉を見つめ、いよいよ駄目か、と半ば悲観的になりつつ、それでも必要最小限の被弾にすべく少しばかり身を捻じり、そっと1つの弾に手を伸ばした。
青年の左指に触れた途端、ぱ、と弾が爆ぜた。

手応えは、ない。
青年は困惑しながら己の左手を見た。人差し指の第一関節あたり。火傷のような傷から煙が上っていた。
弾丸を受けて尚この程度か。青年は己の異質さに自嘲気味に口角を上げた。



それから青年はそろそろと帰路についた。家の周りには誰もいない。窓から差し込む夕焼けが赤く部屋の中を照らしていた。
リビングに人影が見えた。驚いてそちらを覗いてみると、くたびれた身なりの老人がソファに身を預けていた。
青年はたまらず声を挙げた。老人は彼の父親だった。ここしばらく行方不明になっていたのだ。

二人はしばし他愛ない会話を楽しんだ。青年が席を外したのは、外から物音がしたからだ。
青年は父親にその場を動かないように言ってから、息を殺してゆっくりと玄関へ向かった。
気をつけろよ、と老人は言った。

「いくらお前でも、頭を撃ち抜かれれば無事とは行くまい。そして──見えないものは避けられぬ」

ソファに座ったまま、老人は緩慢な動きで青年の後頭へ銃を向けた。
BackTop 

- ナノ -