2024/08/10(土) 23:46 #創作
良く晴れたある春の日のことだった。
家の戸が豪快に開く音がしたかと思うとどたどたと足音がこちらに向かって来る。書を読む手を止めて顔を上げると桃色の髪のおなごが立っていた。

髪色も奇抜ながら、服装のなんと下劣なことか。若いおなごが胸と脚を露出させてうろついているなど。
己の憂いなどつゆ知らぬ様子で桃色の君は爛々と目を輝かせ、上気させた頬をぐっと持ち上げた。艷やかな唇が悠然と開いて、親しげに──己の名を、呼んだ。

これには己も唖然とした。どうやらこの女は己の知り合いらしい。
困ったことにとんと覚えがない。いよいよ痴呆が始まったか。いやしかしこのような風貌の者なら忘れたくても忘れまいが、とまじまじ顔を見てみると、次第に相手の眉が淋しげに下がり、赤い目が微かに揺れた。肩が落ち、僅かに固い物音がして、腰に刀を佩いていることに気付いた。

その刀に見覚えがあった。それに、己のことをああ呼ぶような奴にも、一人だけ心当たりがあった。其奴はいつでもふらりと現れ、ふらりと消える。だが、奴は、男だったではないか。

「もしや。もしや、なのだが──」

己はその名を口にした。途端、彼は華が咲いたようにぱあっと笑顔を浮かべた。
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