「海へ行きたいのだよ」
唐突な我儘。まあいつものことなんだけど。だけど、なんでまた海。そろそろ季節外れですよ真ちゃん。
「海」
あぁこりゃだめだ。いっても聞かない顔だ。まあわかってましたけどね、最初から。
「りょーかい。ちょっと電車の時間調べるから、まっててよエース様」
チャリアカーで移動するのは流石に無謀すぎるので、電車とバスを乗り継いで海へと向かうことにした。夏の終わり。秋の始まり。まだ暑い日差しと、涼しい風が肌を撫ぜる。移動の間、緑間はずっと黙っていた。だから俺も、ずっと黙っていた。
「おぉ、すげー」
バスを降りると、目の前に広がる群青。季節外れの海辺には誰も居ない。靴を脱いで砂浜を歩き、波打ち際へ。ぱしゃりと足にかかる水はもう冷たい。じわじわと足先の温度を奪われてゆく。
「綺麗だね」
「でもちょっと寒いね」
緑間は返事をしない。 代わりにゆるりと指先が絡まってきたので、そのまま手を繋いだ。潮風で冷えたのか、緑間の指先は俺の手よりも少しだけ冷たい。体温をわけ与えるように、その手をぎゅう、と握った。
「このまま、溶けてしまえればいいのに」
ようやく喋ったかと思ったら、それだけ言って緑間はまた黙ってしまった。握りあった手は温度を同じくして生温い。冷たい足先は同じ海水のなかにあるのに触れ合わず、溶け合わない。 指先で繋がった俺たちは、されど根元で別々だった。
「…帰ろうか」
俺が言うと、緑間は黙って頷いた。海水から足を引き抜き砂浜へ。日に焼かれた砂が、冷たい足先をあたためてゆく。
ねえ、真ちゃん。俺たちはひとつじゃないし、同じじゃないよ。まして今更魚には戻れないし、海にだって還れない。だって俺たちは絶対的に違う人間だ。
足についた砂を払い、靴を履く。バスがくるまであと一時間ほどあった。錆付いたバス停のベンチに二人で腰掛ける。
「ねえ、真ちゃん」
「俺はさ、真ちゃんと違う人間でよかったと思うよ」
真意を読み取れないらしい緑間が、怪訝そうな顔をしてこちらを向いた。
「だってさ、真ちゃんとひとつになっちゃったら、こうして手は繋げないし」
緩やかに笑いながら、緑間の手を取る。先程の砂で少しじゃりついたが気にしない。
びゅう、と冷たい潮風が吹いた。俺と緑間の間に、僅かばかりあった空間を詰め、肩を寄せる。
「一人より、二人の方があったかいっしょ」
ね、といえばそれもそうだな、といってようやく緑間が笑った。
/母なる海へ還れなくても
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