#03「全てが偶然」

「赤也、さっきの子って幸村と付き合ってる子だろい?確か・・・幼馴染で、昔からちょこちょこ試合見に来てた」
「そうっすよー。同じクラスだから良く話します」

真田達が去ったあと甘いものを食べながら、さっきの出来事を考えていた。何故2人がここに居たのか。

「んー・・・浮気?」

思わず小豆を吹き出しそうになる切原。

「おまっ汚ねーぞ!」
「いや、変なこと言うからじゃないっすか」
「だってよー、元々仲が良い感じでも無いと思うんだよ」
「あー・・・まぁそうっすね。接点薄いですし。でも、そんなに気にすることないんじゃないっすか?偶然かもしれないですし」
「だけど、俺は気になる!」
「それはそうですけど・・まー、月曜聞けるじゃないっすか。浮気なんて部長絶対許しませんよ。想像するだけで怖い・・・」
「そうだなっ!!それよりコレ美味ーーー!!!!」
「ちょっと丸井先輩!それ俺の!!!」


2人がわいわい騒ぎ出す頃、真田と栞は小走りで駅に向かっていた。


「すまない、急に腕を引っ張ってしまって」
「だ、大丈夫ですちょっと・・ビックリしましたけど」

ある程度走ったところで、女の子を引っ張ってきてしまった事を思い出し、急に立ち止まる真田。栞はなんとか呼吸を整えようとする。
真田から腕が痛むか心配してくれると、栞はあることを思い出して顔色を変えていった。

「どうかした?やはり痛むのか!?」
「い・・急いで出てしまったので、お金払うのを忘れてしまいました!!私戻らなきゃ」

そう言いながら、クルッと背を向けて走り出そうとする栞。その腕を咄嗟に真田は取ろうとするが、間違って手を握った。
お互いにビックリして直ぐに離し、道の真ん中で何をどうしたら良いか黙り込んでしまった。


「す、すまない!!いや、あ、さっきの会計は俺が払っておいたから大丈夫だ」


一瞬手を握られてビックリせいで、互いの心臓はバクバクと鳴らせた。
何故か真田と目を合わせる事ができない。視線を感じる度にチラリと真田の目を見ようとするが、目が合わない。合わせようとすると、何か互いにタイミング悪いのだ。
間違って手を握られた感覚がまだ残り、普段と何か違う。その違いが分かるようで分からず、とりあえず「落ち着け」と、栞は何度も心の中で呟いた。


小さな声で「ありがとうございます」と言うのが精一杯で、2人は黙ったまま電車に乗った。
行きの電車とは違い話は全くせず、栞はじっと下を見ているだけ。足元に夕日がチラチラと差し込む。
時々真田が気にする様子は感じられた。だけど、お互いさっきの出来事を考えてしまい、やはり駅まで一言も話すことはなかった。


駅に着くと空は少し赤へ顔を変えている。
時刻も17時を過ぎてしまい、幸村との勉強は少ししか時間がとれなくなっていた。時計を眺めながら、今日はもう諦めるしかない。
残念な気持ちもあるが、この後は直ぐに帰ろうかと考えていた。

「中山、先ほどはすまなかった。・・・・ただ間違えてしまって」
「ビックリしちゃいましたよ。しかも私がお礼にご馳走するって話しだったのに、先に払ってしまうなんて。ずるいです」
「年下にそうされるのは得意ではなくてな。送っていく」
「いや、そこまでされなくても」

夕方とはいえ、まだ明るい。小学生が1人で帰るわけでも無いのに、真田は頑なに送ろうとする。
明るくても時間的に危ないと、真田は強く言うと断る事はできなかった。家柄のせいか性格か。女の子一人で帰らせる訳にはいかないらしい。

「まさか赤也が居るとは思わなかったです」
「俺もだ。丸井が甘いもの好きだから付いてきたと言っていた」
「へぇ、丸井先輩って甘いもの好きなんですね」
「試合で勝つ為だ」

先程の電車の中で話さなかったことを、真田はずっと気にしていたせいか、帰り道に積極的にテニス部の話をしていた。
何度か幸村に誘われ、試合を観に行っていた栞は何となく、部員のことは知っていた。しかし、現地に行ったからといって挨拶程度の部員達は顔見知り。真田のように、特に話したりはしなかった。
幸村を待つ時間に話しかけられたことはあったが、決まっていつも幸村が直ぐやってきていたのだ。
栞が話すのは同級生の赤也ぐらいで、テニス部部員のそんな些細な情報が新鮮に感じる。

「ん?こっちは幸村の家の方向ではないか?」
「私の家、精市の家の向かい側なんですよ」

納得した真田の足取りはなんとなく、重くなった様だった。

「今日は本当にありがとうございました」
「・・・いや、無礼な真似をしてしまってすまなかった」
「あの。私からのお礼できてないので、またタイミングが合えばさせてもらいますね」

頭を下げる栞に「気にするな。失礼する」と言い、帰路に着く真田。少しだけ真田を見送って家に入っていった。





その様子を幸村は静かに観ていた。
決して栞が帰るのを待っていたわけではない。テスト勉強に目処がつき、気分転換にと庭に出てお気に入りの花達の様子を見ながら、水をあげようとしていたところだった。
家の近くで遊ぶ子供達の声に混ざって聞こえた、低くキリッとした声。その声に聞き覚えがあった幸村は、何となく木々の間から一瞬だけ覗いた時、その姿が目に入ってきたのだ。

「真田?」

真田の隣にいる栞も目に入ってきた。2人で並んで歩いている。
もちろん栞が母親に頼まれた用事があったのは分かっている。しかし、気を使って1人で行くと言われてい幸村にとって引っかかることばかりだ。

短めのため息を吐くと、直ぐに笑みを浮かべ水やりをしだした。
幸村の中でふつふつと黒く濁った感情が少し湧き出していた。



* * *



「おい、栞」
「赤也、おはようー」
「おはようじゃないっつうの」

月曜日の朝。早速切原から土曜日のことを聞かれる。
同級生があの状況で、しかも逃げるように店を出てしまったら誰でも気になる。
何となくそうなると分かっていた栞は、切原と向かい合うように座り、答え出した。

「・・・なーんだ、そういうことかよ」
「だから何度も偶然だって言ってるじゃない」
「丸井先輩と、部長と栞が浮気してたら・・・って話してたんだけど」
「は!?ないない。変な事言わないでよね」

切原は頭をポリポリとかきながら、つまらなさそうに自分の席へ戻って行った。
こんな話しは2年のクラスだけではなく3年のクラスでも起こっていた。休み時間、丸井がA組を覗いて真田を探していると、後ろから声をかけられる。

「丸井君、何か用ですか?」
「わ!驚かすなよ。真田に聞きたいことがあってよ」
「勉強のことですか?珍しいこともあるんですね。真田君ならあそこに」

廊下の奥の方へ視線をやると、真田が教室に戻ってくる最中だった。真田の姿を見つけた途端に、丸井は走って向かう。
ドタドタと廊下を走る音が響き、それに気が付いた真田は「廊下を走るな」と注意する。軽く謝りながら、丸井は少し小さな声で真田に話し始めた。日曜のことだ。
すると徐々に真田の眉が顰だし、顔はみるみるうちに強張り、遂には大きな声をあげた。

「戯けが!!!そんなことあるわけがないだろうが!!!!!!!それに幸村の」
「俺の何?」

2人は仲良くその声がした方向を向いた。笑顔の幸村が立っている。
なんてタイミングで居るのか。シーンと、空気が張り詰めたような気がしているのは、テニス部だけらしい。

「せ、先日良く行く茶屋の道中で中山に会った。それを丸井が勘違いしていてだな・・・」
「めんごめんご!っていうか、そういう理由だったのかー。甘味処で会ったからさ、そりゃ勘違いするよなーー」

張り詰めた空気をどうにかしようと、笑いながら丸井が必死に話し始める。気がつけば教室や廊下からレギュラーメンバーが気にして様子を伺いはじめた。

「本の礼に誘われたのだが、年下にそうされるのは得意ではなくてな。断ったんだが・・・」
「そうだったんだ。甘味処ね・・・」
「すまん、幸村。変な誤解をまね」
「真田、気にしなくて良いよ」

やや突き放す様な言い方だった。しかし、いつもの笑顔の幸村。その下に黒い感情が湧き出ていることは、十分に伝わる声色。
そして、平常心を保ちつつも調子が狂っている真田の姿は、部活メンバーだけ感じ取れていた。
誰もがこの状態をどうするのか興味を持っていたが、丁度良く予鈴が鳴り「もう少し様子を観ていたかったな」と柳が呟き、全員教室に入っていった。

幸村は席につきながら、また真田の違和感が気になっていた。
いつもなら僅かな人の気配でさえも気がつく真田が、近くにいた幸村に気が付かなかった。そんな事は、今まで一度もない。少し信じられなかった。
そして、一昨日。幸村が外で見たときも、視線に気が付いていない様子だった。
真田に何かが起きている。それは何かまだ分からない。




ねぇ真田、君は何に気を取られているの?





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