#02「茶柱」

時計は19時を指していた。
幸村の母親から「夕飯でも食べて帰ったら?」と誘われたが、テストの事が気がかりで遠慮して帰ることにした栞。靴を履き、幸村が先に玄関の扉を開けようとすると丁度インターホンが鳴った。

「真田」
「こんな時間にすまない」

幸村が母親の代わりに外を見ると、部活仲間の真田が立ってお辞儀をした。

「マネージャーが昨日までの部活記録を、お前に渡しそびれたと図書館で騒いでおってな。代わりに渡しに来た」
「そういえば俺も忘れてたよ。わざわざありがとう」

鞄から記録ノートを取り出し、幸村へ渡すと自然とその少し奥にいた栞と目が合った。

「こ、こんばんは」

真田と栞の接点はほぼ無いに等しい。全く交流がない訳ではないが、真田の体の大きさや威圧感に少し身体が竦んだ。

「ハハッ、栞が怖がってる」

幸村は栞の様子を伺って真田に注意すると「あぁ、すまない」と謝り、二人の邪魔をしないようにと鞄を持ち直して帰っていった。

「ごめんね、ああいう奴なんだ」
「ううん、大丈夫!」

栞の家は、幸村の家から見て少し斜め前に位置している。本当に直ぐそこにも関わらず、付き合って数ヶ月の2人には名残惜しく感じた。

次の日の昼休み。栞は図書館に向かった。
昨夜自宅で古文の勉強をしていたが、教科書やノートを見ても理解することが出来ない部分があり、図書館で分かりやすい本がないか探しに来ていた。
立海の図書館は広い。先に検索機能を使い、それらしい棚を見つけてはじっくりと探した。

本棚の上段に少し気になるタイトルを見つけた。その本の真下に行き、手を伸ばすが中々届かない。あと1cmぐらいだろうか。爪先をピンと立たせてやっても、栞の身長では微妙に届かなくて奮闘した。
何度か全身を限りなく伸ばしていると、スッと大きな手が伸びてその本を取った。

「この本で良かったか?」
「真田先輩!?あ、ありがとうございます」
「昨日はすまなかった」
「そんな事ないですよ。気にしてないですから!」
「そうか」

昨夜感じた威圧感は全くなく、思ったよりも律儀な姿に少し驚いた栞。接点が少ない2人にはそれ以上の会話は無く、「失礼する」と言い残すと栞に背を向けてゆっくり歩き出した。
栞は取って貰った本をパラパラとめくり、本の中身を確かめる。

この時、ある事に気がついた。
せっかく取ってもらった本の中身が、想像していた内容と異なっていたのだ。戻すにも自分の身長では足りない栞は困った。
幸いにもまだ視界に真田の姿はある。しかし、親しくない上級生を呼び止める勇気も無かった。が、本は所定の位置に戻さなくてはならない。



「さ、真田先輩!」



戸惑いながらも栞は、もう行ってしまいそうな真田の制服の袖を慌てて掴んだ。少し驚いた表情して振り返る真田は、状況が上手く掴めずにいた。
栞は困った表情で、本を戻して欲しい理由を戸惑いながらも伝えた。真田は「何だそんな事か」と、快く受けいれ、本の位置に本を戻すと何かを探し始めた。
栞がお願いしたのは、本を戻して欲しいということ。他にお願いはしていなく、真田の横でぼーっと立っていると一冊の本が差し出された。

「こっちの方が分かりやすいと思う」
「本当ですか?ありがとうございます」

栞は微笑んで図書館を出た。


教室に戻って薦められた本を読んでみると、確かに知りたかった事が書いてあり、止まっていた勉強が進む。
その日の放課後も、また幸村の部屋でテスト勉強をしていた。

「今日図書館行ったの?」
「え?」
「その本、去年よく真田が図書館から借りてきて読んでたから」
「そうなんだっ。今日図書館で困ってたら真田先輩が助けてくれてね、この本が良いって教えてくれたの」

幸村は少し嬉しそうに話す栞に相槌を打ちながら、他のことが気になっていた。真田は頼まれたことは断れないタイプだが、自分から何かをしてあげることは珍しいと考えていた。
しかも女子になんて、また珍しい、と。

「精市・・・?」
「あぁ、何もないよ。それより明日休みだけど、どうする?」
「また勉強しに来る!また数学教えて欲しいんだよね」

明日のお昼過ぎに約束をして、栞は家に帰った。いつものように夕飯を食べていると、家の電話が鳴り、母親が少し小走りで電話を取りに席を外した。
暫くしてから母親が戻ってくると、直ぐに栞に話しかける。

「栞、明日どうしてもお願いしたいことがあって」
「え?明日じゃないとダメなの?私、精市と勉強する約束があるんだけど」
「明後日の朝に必要なお茶を明日受け取りに行く予定だったんだけど、急におばさんとの用事が入っちゃって断れないのよ」
「えー」

「精市くんとはいつでも会えるでしょう?」と笑われ、近くの甘味処で甘いもの食べてきて良いからと、半ば強引に引き受けることになった。勉強とはいえ、せっかく2人で過ごせる時間が無くなったことに不満を抱えながら、食事を終えて直ぐに幸村に連絡を入れた。
「受け取りなら一緒に行くよ」と言ってくれたが遠いし、いくらエスカレーターで大学までいける立海でもテストの点数は重要だ。
ソファに座り暫く悩んだ末、1人で行く事を決めた。迷惑はかけられない。それに用事が早く終わり、時間があれば寄れる。





((間も無く3番線に電車が到着いたします。黄色い線の内側にー))

朝10時頃。行き先の住所と地図を見ながら電車のホームに栞は立ち、電車を待っていた。
初めて行く場所の為、念入りに改札口や目印になる場所を確認をする。

「中山?」

後ろから声をかけられた。

「さ、真田先輩!?おはようございます。先輩も次の電車に?」
「あぁ、ちょっと用があってな。今日は一人か?」
「母からこのお店にお茶の葉を受け取りに行って欲しいと頼まれていて」
「・・偶然だな」
「?」

栞がキョトンとしているとホームに電車が入ってきて、風が駆け抜ける。扉が開いて真田が先を歩き「俺もそこに行く」と、少し照れながら言って手招きした。

2人横に座り、少しだけ気まずい雰囲気が流れはじめる。
そんなに話した事もなく、栞からみて真田は幸村より大きい。体付きも何だか違う。
何か世間話でもするべきか、黙って過ごすか・・・窓から見える海を眺めながら、栞は悩んでいた。

2駅ほど無言で進んだ頃、先に口を開いたのは真田の方だった。どんな話題が出てくるのかと、そわそわしていた車内では、これから行くお店は真田の家が昔から使っているお茶屋さんだということ、お茶のこと、歴史等を詳しく話していた。
真田の話し方は、どこか栞に気を遣っているようで、いつもより穏やかなだ。長い道のりも気がつけば目的の駅まで着き、2人は降りた。
ここから店までが少し複雑だが、慣れた真田は何も迷いもなく道を進んでいく。その後ろを歩いて着いていけば、あっという間に目的地だ。



「あら、真田さんところの弦一郎くん」

老舗の大きな店構えだけど、改装したてもあって少しモダンな雰囲気も漂う。カウンター越しに栞を見ると会釈をしてくれた。

「予約をしていた中山です。受け取りにきたのですが・・・」
「中山さんね、こんなに可愛らしい娘さんが居らして。弦一郎くんと知り合いなんて、世間も狭いのね」

鶯色の綺麗な包装と紙袋を丁寧に渡して支払いを済ませた後に、真田は「これいつものね」と何も言わず出てきた紙袋を受け取り支払いを済ませていた。

「お店まで案内してくれてありがとうございました。こんな道通ると思っていなかったので、多分1人だったら迷ってたと思います」
「礼には及ばん」
「・・・あの、これから予定ありますか?この先の甘味処に行くんですけど、昨日の本のお礼に」
「そんな気を使わなくて良いぞ」
「道の案内もしてくれましたし!」
「・・・」

少し頭を下げられてお願いされる真田は断る理由もない。といっても、相手は幸村の彼女。一緒に行くのは気が引けるし、一言入れておいた方が良いんじゃないかと考えていると服の裾を掴まれた。

「甘いもの苦手ですか?」

首を少し傾げながら言う栞に戸惑っていた。その戸惑いを隠すためにも、観念して一緒に行くことを決め歩き出す真田。
木造3階建ての老舗の甘味処へ着き、あまり混んでいないことにホッとして席へ通される。

「んー」
「・・・」
「・・どうしよう」

栞はメニュー決めに迷っていた。沢山ある商品に加えて、甘いもの。女の子だったらアレもコレも食べたい欲望が出てくる。それに比べて真田は落ち着いてメニューを閉じていた。

「先輩は決まったんですか?」
「粟ぜんざい」
「それも良いですよね!だけど、んー・・・あんみつにしようかな」

店員を呼び注文を終えると、お茶を飲んで一息つく。お互い甘いものを食べながら好きな和菓子の話や、学校のことに話を沢山話した。


「電車に乗ってる時から思ってたんですけど、先輩って思ってたより話しやすくて優しいんですね」
「そうか?中山とは顔見知り程度だったが、今日は沢山話せて良かった」

お代わりのお茶を注がれると、栞の方に茶柱がたつ。

「茶柱。何か良いことあるかもしれないですねっ」

ニッコリと笑えるほど、栞は真田に対してリラックスしていた。
時計をみると14時半を指していた。そろそろ店を出ても良い頃になり、その前に栞は化粧室へと席を外す。
店内は15時を前に少し混み出してきて、お年を召した方から若い人まで様々だった。真田は店員に伝票を貰い話していると、落ち着きのある店内にはふさわしくない声が聞こえた。

「あれ?真田じゃん、何してんの?」
「本当だ!!なーにやってるんですか副部長」
「丸井と赤也」

テーブルに置かれた2つのお茶をみて、真田1人じゃないと確信する2人。ニヤニヤしながら誰と来たのかや、なんで地元から離れた場所に来ているのか質問をする。

「お前らこそ、テスト勉強もせんで何してるんだ」
「うっ・・・俺は丸井先輩が、どうしてもここの期間限定のスイーツ食べてみたいって言うから付いてきたんすよ」
「真田こそテスト勉強しないで何してんだよ」
「近くの茶屋に用があったついでだ」
「それで、誰と来たんすか?」
「・・・っ」

切原の質問に言葉を詰まらせる。
別に悪いことをしている訳ではないが、なんともこの2人に言うのは駄目な感じがしている。

「赤也?と、確か丸井先輩?」
「確かは余計だろい。って、あれこの子って」
「栞じゃん。え?」

切原が「部長と一緒じゃないの?」と言いきる前に、真田は咄嗟に栞の腕を引っ張って店を出た。




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