#01「幼馴染の恋人」

「おーい、栞」

クラスメイトの切原が教室に入りながら、自身の席に座っている栞に呼びかける。元気の良い彼の声は良く通るが、反応がない。少し溜息を吐きながら、何かを持って栞の近くへ行く。
栞は特に寝ている様子はなく、ただボーッとしている様子だ。

「おい、栞!聞いてんのか・・よっ!」
「わっ!!!!!何!?」

さっきよりも少し大きな声で、しかもわざと耳元で呼ぶと栞は慌てた様子で、その大きな声をした方を振り向いた。
不満そうな顔をして腕を組み、自分を見下ろす切原の姿が目に入る。

「お前さ、俺がずっと呼んでたろ」
「あーごめん、ごめん!」
「これ、部長から」

手渡しされたのは電子辞書だ。
今日必ず持ってこないといけなかった電子辞書を寝坊して忘れた栞は、慌てて幸村に貸してもらうことにした。直接渡してもらう予定だった栞は、何故切原が持っているのか疑問だった。
話を聞くと、次の体育の授業で少し急いでいた幸村は慌てていて、ばったり廊下で会った切原に辞書を渡して行ったらしい。

「本当どんくさいよなー、あんなに先生が言ってたのに。よくそれで部長と付き合えてるな」
「うるさいなー、ありがとう!」

はいはいといった顔で自分の席に戻る切原と同時に、チャイムが鳴った。先生も教室へ良いタイミングで入ってくる。
授業が始まり、貸してもらった電子辞書を開くと、一枚の紙切れが挟まっていた。小さなメモ用紙だろうか。特に何も考えずにその紙を開くと、幸村からのメッセージがあった。



  ー今日、部活休みなんだ。いつものところで待ってる。その時に返してね。ー



(部活が休み・・・あぁそっか!今日からテスト週間で部活休みなんだ!すっかり忘れてた)


そのメモを畳んでは開き何度も読み返すほど、嬉しかった。栞の口元は自然と緩む。

栞と幸村は家が向かいで、昔から幼馴染として家族ぐるみで仲良くしていた。特別に意識していた訳でもない。だから栞が高校1年から2年に上がるタイミングに、昔良く遊んでいた公園のベンチで幸村から告白されてビックリした事を今でも鮮明に覚えている。

桜が咲き誇る、あの公園のベンチ。
いきなりの告白に返事に迷っていると、幸村は「嫌い?」と、不安そうに聞いた。栞は「嫌いじゃない」と答えると、急に抱きしめられて幸村の香りに包み込まれる。
初めての出来事に心臓が強く脈を打ち、更に呆然とする栞に、まだ肌寒い風が吹き始めた。

「昔から一緒だったけど、これからも栞とずっと一緒に居たいと思ってる」
「・・・・・うん」
「幼馴染よりもっと特別な存在で、隣にずっといて欲しいんだ」
「・・・分かるよ。私も、精市とずっと一緒が良いな・・・」

栞は幸村の背中に腕を回すと、さっきよりもギュッとキツく抱きしめられた。




それから毎日一緒に帰れるんじゃないかと、浮き足立っていた栞は帰宅部。男子テニス部へ所属する幸村と毎日一緒に帰れるわけでもなく、テスト前等の僅かな休みぐらいしかなかった。
一緒に何かを食べたり、買い物をして帰る友達カップルが羨ましくてしょうがなかった。幸村が忙しい事は知っている。だから何もしなくて良い。ただ、一緒に帰れるだけで良い。
そんな日が今日、訪れる。



「(眠い・・・)」



昼食をとった授業は何でこんなに眠いのか。誰もが経験するあの時間。
おまけに心地よい風と、暖かく柔らかな日差しが差し込む窓側の席。英語の授業が子守唄にも聞こえる。


急に周りが騒がしくなった。
椅子を少し引き摺る音、鞄を閉める音、そして「またねー」と言うクラスメイトの声が遠ざかって行く。


「(また、ね?)」
「おはよう、栞」


少し意識が戻ろうとしている時、聞き覚えある声が聞こえた。

「せ、精市!」
「ホームルームが早く終わったから迎えにきたんだ。良く眠れた?」

空いた前の席に座り、にっこりと微笑む。まだ教室内にいるクラスメイトや外から「あ、幸村先輩だ」と女子達の声が少し聞こえる。

慌てて教科書を鞄の中に入れ始めると、お馴染みの奴がやってきた。

「部長を困らせるなよー」
「こ、困らせてなんか」
「辞書貸して貰って寝るなんて、ありえないって。授業ちゃんと聞・か・な・い・と!」
「・・・・・・」

確かにわざわざ借りておいて、お昼食べて眠くて寝ちゃったのは悪いな、と思った。だけど、普段から授業を聞いていない切原に言われるのは何か納得いかない。

「赤也、そんなに栞のこと責める余裕なあるぐらいなら、今度英語のテストしようか?ちゃんと授業聞いてるなら満点だよね? そうしよう。柳にでもテストを作ってもらおうかな」

調子に乗っていた切原は一瞬で顔色を変えた。「テスト勉強しなきゃ」という似合わない用事を口にして、慌てた様子で鞄を持ち直して走り去っていく。

「赤也のことだから、普段から授業聞いてないでしょ」

また微笑みながら栞の方を向く。

「さ、帰ろっか」
「うん」

手を引かれて教室を出て、廊下を歩き正門へ向かう。
こうやって二人で並んで歩くのは本当に久々で、普段と少し景色が違うような気がする。

「今日、俺の家寄っていかない?家で勉強しようよ」
「本当?そうしようかな」

栞は嬉しかったが、どことなく緊張もしていた。この数ヶ月の間に幼馴染から恋人同士に変わって、幸村をより異性としてみるようになっていたせいだ。
幸村の自宅は久しぶりだったが、見慣れた家の廊下も階段も昔から変わっていない。香りも昔と同じで、少し緊張がほぐれる。
幸村の部屋は広々としていて、日当たりも良く窓側に少し花が飾ってある。昔からの趣味は変わっていないが、どことなく男子高校生の部屋と変わっていた気がした。

適当に座って、お互いテスト勉強で必要な道具を並べる。学年が違う二人は一緒に進める事はできないが、同じ空間で黙々とテスト範囲に沿って勉強を始めた。

「そこ、間違ってるよ」
「え?嘘・・どこ?」

指摘されたであろう範囲を見渡すが、どこが間違っているのか分からない。特に苦手な問題を解いていたはずもない栞は、暫くノートを凝視した。
しかし、一向にわからない。何度も見直してもわからない栞はペンを置き、解いていた問題集から幸村へ視線をあげると、軽く唇が重なった。

「嘘。最近してなかったから」

ニッコリと笑う幸村。

「そうだけど、まだ恥ずかしい・・よ」

熱くなる顔を覆おう栞。
幸村はその手を解き、向かい合うように自分の膝に乗せる。また恥ずかしがるのを嬉しそうに見る幸村の視線に、上手く目を合わせることができない。また手を取られさっきとは少し長く、角度を変えながら甘いキスが降り注ぐ。

「・・ん・・・・」

二人の漏れる息と唾液の音が際立つ部屋に、不覚にも少し興奮してしまう。昔はいつもここで絵を描いたり、昼寝をしたり、おやつを食べたり、無邪気に遊んだこの部屋で。

どれくらい時間が経ったのか分からなくて、何も考えられなかった。息をするのも辛くなってきた頃、ようやく解放される。

「・・・はぁ・・」
「少しは慣れてくれた?」

まだ思考が追いつかない栞に比べて、幸村はまだ余裕そうな表情を浮かべる。どうしてだろう。1つしか歳が変わらないのに、その余裕さは年齢以上に差を感じる。

「本当に可愛くて、離したくないな」
「恥ずかしいから。言わないでよ」
「・・・栞、どこにも行かないで?」

少し不安そうな声で、栞を包み込む。栞からは幸村の表情は見えないが、さっきの笑顔とは違う事だけは何となく分かる。でも何故だろう。こんなにも近くにいるのに。

「分かってる。離れないよ? 精市のこと好きだもん」

抱きしめ返すと自然と笑みが溢れる。栞は、胸いっぱいに喜びが広がっていく感覚を感じていた。




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