#10「看破」
朝練が始まると幸村は迎えに来なくなった。
なるべく学校でも接触を避け、暫く携帯の連絡も無視し続けた。そのお陰か、毎日少しずつ不安は取り除かれていくようだったが、遂に帰りのHR直後に栞の教室を訪ねてきた。
「あれ?部長じゃないっすか」
「赤也、丁度良いところに。栞は?」
「あぁ、栞ならあそこに」
周りの女子達が賑やかになった途端に察知し、鞄を持ち教室を去ろうとしたタイミングだったはずが、切原の声に幸村の視線を感じる。
少し距離はあるが、その視線に支配されたように身体が強張っていた。
「栞、ちょっと良いかな?」
笑顔で手招きされ、しょうがなく教室出て幸村の後ろを黙って歩く。
広い校舎の中を移動し続ける先は、人気の無い場所だというのも想像ができ、何度か足を止めるが手を引っ張られていった。階段を上がり、丁度死角になるような場所で幸村は足を止め、1つの教室へ入る。
「栞、最近連絡も無視するなんて酷いじゃないか。それで別れたつもり?」
「そんなつもりはないけど・・・精市が分かってくれないから」
「何でそんなに別れたいの?嫌いになった?」
「なってないよ」
「じゃあ、どうして?」
幸村は一歩一歩前に進むにつれ、栞は一歩一歩後ろへ下がる。
「理由を言えないの?」
幸村を避けようと後退りするが、トンッと背中に壁が当たってしまった。
「・・・・他に・・」
「他に?」
「好きな人ができたの」
勇気を振り絞り、緊張気味の声で伝えると幸村はまた笑っていた。昔は素敵だと思っていた笑顔も、最近じゃ怖いと感じる。
幸村は栞との距離を詰めると、逃さないように栞の顔の側に手をつく。
「それ誰?」
「・・・っ」
名前を出すか考えていると、いきなり唇を塞がれ抱き締められる。何度も解こうとするが、男の力には勝てず疲れるだけだった。
「っあ・・・ん」
次第に力が抜けていく栞の身体を確認すると、幸村の指先が耳に触れる。栞はくすぐったいような甘い感覚と、久々の幸村の香りに頭がぼーっとしてきていた。
「相変わらずキスだけで感じちゃうんだね」
「ん、違っ・・う」
生温かい舌が耳の縁をなぞり、囁くような声で少し肩を震わせながら耐える。
「栞。好きな人って、真田なんて言わないよね」
唐突に真田の名前を出されると、栞の頭は真っ白になった。
その一瞬で否定できなかった事=事実と受け取られたに違いないと察知し、その後どんな行動に出るのかも分からず恐怖でしかない。
幸村は、動揺を隠せない栞の身体を少し緩め優しく抱き締めた。
「俺が分からないと思った?」
「・・・・」
「金曜日の事、知ってるんだからね」
「金、曜・・日?」
「そう。俺さ早めに着替えが終わって、傘差して正門に向かう途中、偶々酷い雨だと思って空を見上げたんだ。そしたら、渡り廊下に見覚えのある影が2つあってさ。
その時は雨が酷くて見間違いかと思ったんだけど、栞に電話して気がついたよ。あの時、本当はまだ学校にいたんだろう?」
「ご・・・め・・」
栞の全身に鳥肌が立ち、変な汗がじわっと滲む。まだ真夏になりきれず、湿度の高い空気がまた気持ちが悪かった。
背中に回っていた幸村の手が、スルッと栞のシャツの中へ入り、優しく背中を撫で回していく。
「この先、俺は栞と緒に居たいだけなんだ」
「っあ・・・ごめ、ん」
「嘘は良くないよ」
次第に背中から太腿へ移動し、スカートの裾が容赦なく上がっていく。これから教室で犯されてしまうのかと恐怖を感じつつも、身体は反応するばかりだった。
「やめ、て!!」
下着へ手をかけられた瞬間に身の危険を感じた栞は、その手を叩き落とし幸村の身体を少し押す。
決して強い力でなかったが、少し大きめに出した声にビックリして後ろへよろける。気が付けば栞はポタポタと涙を流していた。その姿に幸村は驚き、それ以上の事は進めず手を取ろうとすると、栞はがむしゃらに教室を出て廊下を走って行った。
「弦一郎、そっちも委員会は終わったのか?」
「あぁ、蓮二もか。今日は議題が少なくてな」
「俺もだ」
別々の教室で行われていた委員会を終え、廊下で一緒になった真田と柳は部室へ歩いていた。まだ遅い時間ではなく、ただ廊下で話してるだけの者や、自分達と同じように部活へ向かう者も居る。
日頃の授業を話していると、少し急ぎ足で俯きながら階段を降りる少女に目が入った。見覚えがある。
目に涙を浮かべ複雑な表情を確認した真田は、それが一瞬で栞の姿だと気が付く。
「蓮二、先に行っててくれ」
栞の後を追いかけるように真田が去り、それを確認するかのようにもう1人、階段を降りてきている。
「泣いていたぞ、精市」
「知ってる」
「弦一郎が追いかけて行ったのだが・・・良いのか?」
「真田も放って置けないね。良くはないけど、俺は手放さないよ。・・・っ!」
「危ない!」
降りてくる途中で階段を踏み外し、危うくそのまま転がりそうな様子に柳が急いで駆け寄る。一瞬で手摺りを掴み最悪の事態は免れ、幸村は体勢を立て直した。
「大丈夫か?捻ったりしてないか?」
「・・・ありがとう、大丈夫。踏み外しちゃった」
「良かった。まだ大会中だからな」
「そうだね。それより、蓮二は気がついていた?真田のこと」
膝や袖に少しついた埃を叩きながら、ホッと安心している柳に目を向ける。
「何となくだ。しかし、精市も気が付いていたんだろう」
「まぁね。一応釘をさしたんだけど、真田にも困ったよ」
「余裕なんだな」
「約束したからね」
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