すやすやと眠っている、あの整った顔。

起きているときは大きく開いた瞳も今は閉じられ、長い睫毛で縁取られていた。

白く透きとおるような綺麗な肌。真っ直ぐ通った鼻筋。

薄く色づいた形のいい唇は軽く開かれ、小さな寝息を立てている。

俺が茫然とその寝顔を見つめていると、忍足は音を立てないようあいつに近づいた。

そしてその身体の近くにしゃがみ込み、顔をのぞき込む。



「ホンマ、かわええ顔しとるなぁ。」



緩んだ口元をそのままに、忍足が呟いた。

その言葉に、俺ははっと我に返る。

忍足のやつ、何言ってんだ。

馬鹿らしい。そう思いながらも、なかなかその寝顔から目を離せないでいたのも事実だった。

何となく、悔しいような気持ちになる。

どうして俺はこいつのことばかり気にしているんだ。

不意に自分でも感じられるほど大きくなる心臓の鼓動。

いてもたってもいられず、俺は気を紛らわせるためにジローに目を移した。

あいつを見つめている忍足が視界の隅に入る。

やめろ。気にするな。

そう思いながら、俺は口を開いた。



「おい、ジロー。起きろ。」

「…、んー?
ぁ…跡部じゃん…。」



ジローは薄く目を開き、ぼんやりとした声でそう言った。

寝ぼけてんのか?

そう思ったけれど、一度声をかけただけで起きたのは運がよかった。

まぁいいだろう。

ため息を吐きながらもう一度声をかけようとしたとき、忍足の静かな声が聞こえた。



「なぁ、跡部…これ、何やと思う?」

「アーン?」



何がだ、と思いつつ忍足の方を向けば、すぐに忍足の聞いていることがわかった。

屈んだ忍足の見つめる先は、あいつの頭。

先程まではしっかりとかぶられていたキャスケットは眠っているためか、上に上がっていた。

そこから顔をのぞかせているのは、髪よりも濃い色をしたこげ茶色の何か。

ふわふわした毛に覆われているその何かは、時々ピクと動いていた。

思わず、俺の思考が停止する。何なんだ。

視界の端で眠そうに目をこすりながらゆっくりとジローが上体を起こすのが見えた。

俺と忍足は動けず、ジローは暢気にあくびをしていた。



「なに…?なにしてんの?
あ、この子…幸村んとこの子じゃん。」



ぼんやりとした目で、ジローはこいつを見た。

その声を聞いてか、目の前にいるこいつは薄く声をもらす。

相変わらず澄んでいる高くて綺麗な声。

それを聞いた瞬間、ドクンと心臓の鼓動が大きくなった。

けれど同時に、小さく動いたこげ茶色のものも目についた。

すると、忍足がゆっくり慎重に言った。



「取ってええかなぁ。」



興味の表れたその声。

忍足の手はおもむろにこいつがかぶっているキャスケットにのびていた。

ごくりと生唾を無意識にのみ込む。

見てはいけないと思う反面、見てみたいと思う心。

すぐ隣では、ジローがきょとんとした顔でこいつを見ていた。

そして、忍足はキャスケットのつばを掴み、ゆっくり上に上げていく。

あれは何なのだろう。そう思うけれど、その答えはもう知っている。

無意識に、わかっていた。

ふと気づくと、忍足がキャスケットをその手に取っていた。

同時に、こいつの頭にあるものの全体が見える。

忍足とジローは息を呑み、俺は静かに見つめていた。

耳だ。人間ではない、こげ茶色をした獣の耳。

自由になったそれは、ピクと動き、音を聞いていた。

あぁ…幸村がやけにこいつに気を回していたのは、このせいもあったのか。



「ホンマかいな…。」

「すっげぇーっ!
なになに、これ耳!?すばらCー!!」

「っ、にゃ…!」



呆然とした忍足。興味を示し、大きな声を上げたジロー。

それらの声に、眠っていたこいつは目を覚ました。

ぱちっとした大きな瞳が、きょろきょろと周りを見回す。

戸惑ったような表情をしたこいつは、俺をその瞳に映した。

そして、何度か瞬きをすると、少しだけ首を傾げる。



「あとべ…?」

「ッ、…。」



その声に、俺はどうしようもなく惹きつけられた。

ドクンと高鳴る心臓。

思わず息を呑んだ。あの吸い込まれてしまいそうな瞳から、目が離せない。

こいつは、何となく不安そうな表情をしていた。

忍足とジローには目もくれず、こいつはゆっくり俺に近づいてきた。



「ねぇ、あとべ…せーいち、怒ってるの?」



泣きそうに震えた声が、そう聞いてきた。

何のことだ。そう思っていると、こいつの横から忍足が口を開く。

忍足はこいつを見つめながら、まるで安心させるかのように微笑んでいた。

その瞳には好奇心の色がうかんでいる。

こいつの耳に対して…こいつに対して知りたい、と思っている瞳だ。



「お嬢ちゃん、幸村と何かあったんか?」

「…、?」



忍足のその言葉に、こいつは顔を向けた。

けれど、こいつは何も答えず首を傾げていた。

ぱちぱちと瞬きを繰り返し、こいつは忍足を見つめている。

忍足はその不思議そうな様子に戸惑ったようだ。

よく見てみると、こいつの頭にある耳は動いていて、何かに興味を持っているように感じた。

すると、こいつは首を傾げながら、あの形のいい唇を動かす。



「あなた、だぁれ?」

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