「ぁ…せ、いち…。」

「仁王、柳生。調子はどうだい。」



リナリアの呼びかけにも応えず、俺は二人に話しかけた。

リナリアとは少し距離をとらなければ。

俺の自分勝手な理由で、もう傷つけたくない。



「えっと…ぁ、あーっ!
つ、次、俺とジャッカル先輩じゃないッスか!?」

「あ、あぁ。そうだな。」

「行きましょう!
…なぁ、っリナリア!ちゃんと、見ててくれよ!」

「ぅ、ん…あかや、じゃっかる、がんばってね。」



無理に大きく出して、リナリアの気分を上げようとしている赤也の声が聞こえた。

そして、リナリアの沈んだ声も。

もう、リナリアを振り回したくはない。

その気持ちがゆえに、リナリアと約束したことを自分から破っていることに気づけないでいた。

リナリアには丸井がついている。そう思いながら。

リナリアの方に気を向けるのを止め、俺は前の二人を見た。

仁王と柳生は何かあったのだろうかと眉を寄せ、顔を見合わせていた。

俺が意識をそちらに戻すと、はっとしたように仁王が口を開く。



「まぁ、いつもより調子はよか。
結構楽に、勝てたしな。」

「えぇ。負けるわけにはいきませんしね。」

「…それならいいんだ。」



"さぁ。休憩をとってくれ"

そう言うと、二人は戸惑ったような表情を見せた。

ベンチから離れている俺と、丸井と一緒に応援している先程より元気のないリナリアを見比べる。

二人はまた顔を見合わせ、控えめに頷いてベンチに向かった。

これでいいんだ。

もう一度、俺は自分に言い聞かせた。

あの表情をさせてしまった俺といても、リナリアはきっと楽しくないだろう。

それなら、弟のいる丸井や面倒見のいい仁王や柳生に任せた方がリナリアも楽しめる。

これでいいんだ。俺と、少し距離をとった方が。

距離をとれば、俺もあまり深く干渉をしないはずだ。

リナリアは自由に楽しんでいられる。

ほとんどその場に立ち尽くしながら、俺はぼんやりと考えていた。



「…幸村。」



後ろから、静かに声がかかった。この声は、弦一郎か。

俺は何も言わずに歩き出した。

きっと、皆から離れた方が話しやすいことについてだろう。

弦一郎も何も言わずに俺の後をついてきた。

そして、ゆっくりと向き直る。弦一郎は緊張したような、固い表情をしていた。



「よかったのか…?」

「…何がだい。」



俺の様子をうかがうような弦一郎に、少しだけ苛ついた。

そんな俺に、弦一郎は生唾をのみ込んだ。

それから覚悟を決めたように、大きく息を吸う。



「リナリアと距離をとっていることだ。
あいつは…リナリアはそんなことは望んでいないと思うぞ。」



弦一郎はそう言いきった。まっすぐ俺の目を見ながら。

そんなこと、わかっている。

リナリアと距離をとっても何も変わらないことなんて。

今のリナリアが無理矢理笑顔をつくって応援していることだって。

わかっている。わかっているんだ。

それでも今のままでは、俺はリナリアを傷つけてしまう。

俺の勝手な理由で。勝手な都合や気分で。

傷つけたくない。傷つけたくないんだ。

大切に、大切にしたいんだ。辛いことがあった、その分まで。

リナリアの笑顔は、俺が守りたい。

無意識に唇をかみながら、俺は絞り出すように声を出していた。



「弦一郎には、わからないよ。」

「ッ、」



そう言うと、弦一郎は目を見張った。

そうだ。わかるはずがない。

弦一郎にはわからない。

リナリアの一番近くにいたのも、一番一緒にいたのも、俺だ。

おそらく、一番リナリアを想っているのだって。

弦一郎は何も言わず、そして俺も何も言わなかった。

深く息を吸って、俺は気持ちを落ち着けようとする。

そして、何も言わない俯いた弦一郎に視線を移した。

深く吸った息を、静かに吐き出す。



「…それだけかい。」



もう考えていたくなかった。

自分の情けなさも、リナリアを想う気持ちも。

ただ俯いている弦一郎。

俺はゆっくりと、テニスコートとは反対の方に歩き出した。

少しの間。そして、後ろの方で立ち尽くしていた弦一郎が小さく呟いた。



「たわけが…。」



そうだな。俺は愚か者なのかもしれない。

自嘲気味に、心の中で返事をした。

一度だけ、軽く後ろを振り返った。

やはりどんなに距離をとろうと思っても、それは強がりだ。

それを、ベンチを見て思い知った。

リナリアと丸井の姿がベンチから消えているを見て。

意思とは裏腹に胸は締め付けられ、消えた二人を思い、胃のムカつきが酷くなった。

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