Sea yoU

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ぽつり、ぽつり。
最初は緩やかだった雫は徐々に数を増していき、褐色の土は黒く変色する。吸いきれなくなった水は、どんどん溜まっていき、小さな水溜りが幾つも作られる。
その水溜りの上に、この暗い天気には似つかわしい赤を纏った青年が膝をつく。ばしゃりと水が跳ね、赤い衣類はどんとん黒ずんでいく。それでも、彼は構わずそのまま空を見上げた。


「雨は嫌いだ」


激しい雨にかき消されそうな声で、空に向かって呟いた。
陸遜は、ゆっくりと周りを見回す。何もない。いや、過去にはあったはずのものは総て無くなっていて、陸遜の周りには瓦礫しかない。それが陸遜の心を表しているようで、きっとそれらを睨みつける。


「雨は好きだ」


かつて言われた言葉を思い出す。いや、思い出そうとしたところで、後ろから声がした。ゆっくりと振り返れば、そこには見覚えのある顔がいた。
呉を導いた。あの、憧れの人が。雨が降っているにも関わらず、彼はずぶ濡れでそこに立っていた。綺麗な黒髪は水を吸い込んで、どこか儚さを感じた。御身体に障りますよ、と陸遜は言う。矢傷のために倒れ、それから体調が優れないのは知っている。だから、陣地に戻るように言うのだが彼は聞こうとはしない。


「君こそ、風邪を引くぞ」

「……周瑜殿と違って、私が倒れても問題はありません」

「そんなことはない……いや、心中察する」

「やめてください」


同情されるのが一番嫌いであった。陸家が滅ぼされたあの時から、周りのあの目が嫌いだった。
周瑜はゆっくりと陸遜を見つめ、そして小さく呟いた。


「…………私も、悲しいよ」

「……魯粛殿のこと、ですか?」

「いや、呂蒙のこともだ」

「…………」


最も信頼していた人が消える。それは体験することでなんとも言い難い辛さを知ることとなる。
あの時、妲己の邪魔がなく無事に補給路に辿り着けば−−−過ぎ去ったことはいくらでも対策を考えることは出来るが、実現することは不可能である。
この雨が、あの人を奪った。そう思ってしまうほどに。


「……かぐや殿に合流するためにはあまりにも兵が少なすぎる」

「分かってます。恐らくもうじき私達も」


時間がない。いや、それよりも大切な何かがなかった。
陸遜は立ち上がり、周瑜にすみません、と微笑んだ。その笑みがあまりにも悲しげで、周瑜は何も言うことが出来なかった。


「大丈夫です、私の中に、いますから」

「……そうだな」


泥まみれの水たまりに浸っている二つの剣を持ち上げる。泥で汚れてしまっているが、きらりと刃は光っている。
ふらりと、一歩歩き出す。まだ現実を受け入れていないのか、足がおぼつかない。それでもと陸遜は再び一歩足を前に出す。


「この雨で、この辛さ流れてしまえばいいのに」



雨は嫌いだ。大切な人を奪ってしまうだけで、この虚無感は流してくれない。
このまま、壊れてしまうほどに、闇雲に剣を振ればあの人の抜けた心は少しは満たされるだろうか?いや、もう壊れてしまっているのは分かっている。
あの人のいない、この世界など、もう壊れているんだから。




Fin.





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