Sea yoU

http://nanos.jp/iseayou/


TopMain ≫ 過剰茶飯


過剰茶飯



ことり、と筆を置く音が部屋に響く。それと同時に小さな溜息が洩れ、どっと疲れが身体全体に巡る。文字を書いているときは目が多少疲れていたがまだいける、と思えた。だが、集中が一瞬でも切れるとこんなにも身体の感じ方は違うのかと、先程までの自分の身体がまるで自分のものではなかったようだと思ってしまうほどだ。
すると隣から周瑜殿は働きすぎなんですよ、と笑う声が聞こえる。ちらりと眺めれば、待っていたかのように絶妙の間で魯粛が机の上に茶を置く。
淡く甘い香りがする。まるで脳がその甘さを欲しているかのように、自然と湯呑みに手が伸びていた。



「甘いものは苦手だったのではないのですかね?」

「頭を動かすときは別だ」



私が苦手なのを知っておきながら出したのか?と少し意地悪に笑うと、困ったように笑みを見せるだけだったが、きっと自分の身体のことを案じてくれて出してくれたのだろうと、薄茶の液体にへと視線を移す。
そこに映る自分の顔もまた困っていた。時折振動で液面は揺れ、顔が歪むのだが、歪めば歪むほどより困った顔になっている気がした。いや、実際困り顔をしているのだろう。
理由は分かっていた。蜀との同盟を結ぶか否か。確かに蜀と同盟を結べば、魏と対抗するのに呉は有利となる。
しかし、どうも気が乗らない。恐らく使者として参った諸葛亮の掴めない本心のせいだろう。



「……何だ、魯粛」



ふと、視線をあげれば魯粛がじっと周瑜の様子を窺っていた。まだ今日するべき政務は山のようにある。呂蒙と陸遜が町への視察をしている間に、少しでも多くの仕事に取り掛からなくてはいけない。
それなのに、魯粛は山のような竹簡を見ることはおろか開くこともしていない。ただ、じっと周瑜の顔を見ているだけだ。
訝しげに尋ねれば、魯粛は笑いながらいえ、と答える。それでは答えになっていない、と周瑜は思ったが、執務をしなくてはいけないことを思い出し、机に再び向き直った。



「周瑜殿」

「何だ」

「いや、飲み干されたのですね」



また持ってきましょうか、と湯呑みを指さしながら魯粛は言う。気が付けば、中身は空っぽで自分を映すことはなかった。
これ以上気遣われるのは申し訳なく思い、いや大丈夫だと言えば、魯粛は再び周瑜の顔をじっと見る。
―――あぁ、まただ。何かおかしなところでもあるのだろうか。
そう思いながら、周瑜はあまり見ないでくれ、と言う。気になるのもあるが、多少恥ずかしさも感じていた。
すると魯粛はあぁ、と少しだけ驚きながらすみませんねと苦笑する。



「いやしかし、周瑜殿。あまり一人で抱え込まないでください」



顔に出てるんですよ、と魯粛は周瑜の眉間を指さす。突然のことに周瑜は思わずきょとんとする。
時折、彼は急に自分の的確な場所を指摘する。おかげで戦では見逃していた穴を補ってくれる。彼がいてくれて本当に良かったと幾度思ったことか。
しかし、今回は戦でも軍議でもない。周瑜の心情的なことだったのでいつも以上に驚く。普段から冷静で、落ち着きのあると兵卒から評されている。実際自分ではすぐ情で動いてしまう、まだまだであると思っているものだから、いつも苦笑いでその言葉を受け入れていた。
周瑜はじっと魯粛の表情を窺う。いつも通り笑うもので、彼が何を考えているのか分からない。自分は分からないのに、相手は分かるなど……苛つく。



「周瑜殿は顔に出やすいですからな」

「私の心をいちいち読むなっ」



そんなに顔に出やすいのならば悩み物だ。軍師となると他国に外交の使者として行くこともある。勿論、自国の利益のために結ぶわけであるから、企みなどばれないようにしなくてはいけない。
魯粛はははっと笑う。そして、貴方が思うほど顔には出ていませんよと言う。



「俺が、貴方を見すぎているからかもしれませんね」



あまりにも自然に言うからだろう。はぁ、と一瞬周瑜は理解出来なかった。
思わず異性に言うものではないのか、と言ってしまうほどだった。しかし、魯粛は暫く考え、しかし貴方にも似合う言葉ですよ、と答える。
そういえば、いつも一息ついたらすぐお茶や甘味を用意してくれる。仕事が終われば、飲みに行く誘いや、今後の軍議の予定などを尋ねたりしてくる。
今思えば、いつも見計らったかのような時だった。
すると周瑜はみるみるうちに恥ずかしさを覚える。こんなにも見られていたのか、とそれに気づかなかった自分は本当に馬鹿だとさえ思ってしまう。
気まずそうに、周瑜はゆっくりと口を開く。



「……その、なんだ…………。これからも見ててほしい」



自分の気付かないところを指摘してほしいという意味だったのだが、自分でそう言うことの恥ずかしさのせいで、最後まで言えなかった。
魯粛は少し驚いた表情をする。そんな表情をしないでくれ、羞恥で熱が出てしまいそうだと心の中で焦る。
勿論ですよ、と数秒の間の後返事が来た。数秒だけのはずなのに、周瑜には本当に何分もの時に感じた。



「周瑜殿専属の茶汲み係ってことで」

「あぁ、違っ…………、いや、……もういい」



はぁ、と小さく溜息をつく。
気が付けば湯呑みには液体が満たされていた。それをゆっくりと口につける。
ほろ苦いそれが喉を潤す。からからの喉に丁度良い温度。
いつか、いつか相手の心が分かるまで。この茶を呑み続けるだろう。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -