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"もしも"と考えたことがある。
"もしも"あの時あぁしていればだとか、"もしも"あの時あんなことをしなければだとか。それは人ならば誰でも考えたことであることだと私は思っている。この考えだって"もしも"で形成されていて、実際にはあり得ないことである。それでも、考えてしまうのは人間の都合の良いように思ってしまう夢見がちなせいである。
勿論それが悪いわけではない。むしろ、それこそ人間らしいと思う。
「お久しぶり、です」
彼女が訪れたのは突然であった。彼女はまるで私のことを知っているかのようであった。誰だろうか、と穏やかに尋ねれば少しだけ悲しそうな表情をする。手に持つ季節にそぐわない笹の葉が冷たい風に揺れる。
かぐやと名乗るその人物は、この世界の人間にしてはあまりにも現実味が欠けていた。透き通るような肌。ここらでは見たことのないような服装。そして、全てを見透かすかのような漆黒の瞳。
「劉禅様、私は貴方を連れていくよう言われました」
「誰にだ?」
「それは言えません」
申し訳なさそうに言うものだから自分が悪いような気持ちになり、つられて苦笑する。あぁ、こんなこと昔にもあったような気がするな、と思うのだがそんな思い出が記憶を辿っても見当たらない。それでも、この感覚は覚えていた。
どこへ行くのだと尋ねてみれば、かぐやは少しだけ言うのを拒む仕草をした。私が行くのだからいつかは結局わかるはずなのにな……、と心で思っているとかぐやは少し小さ目な声で答えた。
「…………過去です」
「……ふふっ、それは面白いな」
「嘘だと思われるかもしれません。ですが、劉禅様にはこれから貴方の過去に戻ってもらいます」
真剣な瞳で、じっと私を見つめる。その嘘をついていない瞳に、少しだけ言葉を失った。
それで、と暫く考えてから私は話をきりだした。何をすればいいのだ?と、尋ねる。勿論信じがたい話である。しかし、それでもかぐやなら信じられると考えた。会ったばかりの相手であるはずなのに、と少し不思議な気持であった。
「三日間。貴方は過去に戻ってもらいます。勿論記憶はそのままです。それだけです」
「それだけか?」
はい、と頷く。あまりにも内容のない曖昧なもので少しだけ呆然とする。そう思っていると、多少の制限はありますと付け加えられる。
未来から来たことは誰にも言ってはいけないこと。未来で起こることは言ってはいけないこと。言ってはいけないが、昔とは違う行動をすることは良いらしい。
そして最後に、とかぐやはぎゅっと笹を持つ手の力を強めながらこう言った。
「勿論過去には、過去の劉禅様がいらっしゃいます。自分には決して会わないように」
「どうしてだ?」
「過去の自分に会うと、私の力が歪んでしまう可能性がありますので……」
過去に戻れるだけ凄いものだから、その力はとても繊細なのだろうと思った。分かったぞ、と微笑むとかぐやはつられてか少しだけ口元を緩ませた。
少しだけ、目を閉じてくださいと言われ、ゆっくり目を閉じる。そして、徐々に意識が薄れていくのが分かった。
「あの方が、きっとお待ちしております」
そんな声が聞こえたような気がした。
Fin.