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演ジル



「君はおかしい」



青の頭巾をかぶっているため、影がかかってはっきりと確認できない表情の彼が私に言った言葉。突然的に、本当に突然言われたものだから手に持っていた書簡はするりと手から落ちてしまう。
ころころと、紙の道を作りながら彼の足もとにまで転がっていく。それを拾おうとはせずに、ずっと彼は私の顔を見ている。



「どうしたのかな、急に」



おかしいのはいつものことだよ、それにしてもこんなにも面と向かって言われるなんて、と続けた。冗談交じりに、あまりにも触れてほしくないことだからそう誤魔化したのだとばればれだった。
徐庶殿は笑う。あとどれくらいだ、と呟きながら。とても悲しそうな笑みだった。それは、まるで私の決心に対する反応であるかのように。



「…………君くらいだよ、ばれてしまっているのは」

「意外と周りの変化に気付くのは得意なんですよ」

「とか言いながら、実は私に気があるとかでは?」

「……そうやって相手を戸惑わせて誤魔化すのも貴方の特技だってことも知ってますよ」


あぁ、否定はしないのか。と、徐庶殿を見つめた。彼が言ってることは私自身でも認識している癖なので、魏に来てから僅かな時で余程私のことを観察しているのだなと思った。
残り少ないこの命。それは医者に診てもらわなくても分かっている。華佗のような名医だってこの曹魏にはいる。
だが、もし、もし医者に診てもらうことによってこの命が伸ばせるとしても、それは僅かなだけ。そして、曹孟徳に自分の病についてばれてしまう。
それだけは意地でも阻止したかった。ただ、影から天下に近づけるために仕官している。
それだけ、それ以上は望まなかった。天下を見たいなどという高望みはしたくなかった。



「……では、そんなに私のことを気にかけてくれている貴方に、お願いをしちゃおうか」



淡い金の髪が揺れる中、瞳が輝く。人の心を利用する。それは軍師ならば当たり前である。だけれど、こんなにも後ろめたいと感じたのはなかった。
これ以上何も望んではいけないはずなのに。それでも、私は何かを求めようとしていた。



「私の意思を継いでほしいな。継いでくれるなら、私は貴方のものになってあげる」



求めてはいけない。求められてもいけない。
それなのに、何かを求めようとしている。何かを求められるようになりたい。
それが、命の終わりによって途切れてしまうとしても。
前者と後者。どちらが私の本音なのか分からなかったから、くすりと笑ってみせた。



「…………なんて、こんな言葉。いろいろな人に言っているだろうって思われそうだね」



やはり、誤魔化すのは苦手だ。どうしても、その時にくしゃりと、私自身の身につけている淡青の服の袖を握ってしまう。
きっと、私の本当の弱さを見せたくなくて、その怯えを紛らわすため。そんな気がした。



「……貴方はおかしい」



君はいつもそんな仕草をするね、とやんわりとした温かみが手を包んだ。酷いなぁ、とまた先ほどと同じ言葉にわざとらしく困ったような表情を見せつけようとする。徐庶殿の顔を見ようとゆっくりと見上げると、彼の悲しそうな顔が私の作られた表情を凍らせた。
どうして君は人のためにこんなにも悲しそうな表情をするの?そう、聞きたくて仕方がなかった。弱さを見せたくなかったから、本当に悲しい表情だけは周りに見せようとはしなかった私にとって、彼のその表情はあまりにも辛いものであった。
徐庶殿は私の手を包み込んだ手に少しだけ力を入れて、ぎこちない笑みを浮かべる。



「……弱さも、人間らしさなんだよ」

「…………そう言われてもね、怯えながら人間を演じるなんて私には到底無理だよ」

「君にとってそっちが演じるものなんだね……」

「ふふ、だから演じ続けるなんて疲れるだけだ」

「なら演じなければいい」



その言葉の意味がよく分からなくて、じっと徐庶殿のことを眺めた。すると、彼は少しだけ慌てて少し調子に乗ってしまったようだと苦笑する。
俺の前だけ人間っぽくいてほしいんだ、と少し言うのを躊躇っているのか、途切れ途切れに聞こえてくる言葉に私は少し驚いた。



「もし怖くなっても、俺がいるから………ええと、不安かい?」



あまりにも唐突的な言葉に暫く何も言えなかった。弱さを見せるのは苦手だ。見せることで周りから誰もいなくなってしまうかもしれない。あと少しの命で人と離れるのが名残惜しいと感じるのは、矛盾しているようでおかしいなと笑った。
私は少しだけ吹き出しそうになりながら、えぇ、全く不安ですねと言った。先ほどからあまりにも私のことを知っているかのように言うものだからお返しとばかりに。実はそれが本当は嬉しかったりもするのだけれど。



「……なんて、嘘ですよ。私の意思を継いでくれるんだろう?」

「……さっきの言葉は本当だったのか」



勿論だよ。と笑ってみせれば、徐庶殿は苦笑いをする。
自然と手の震えは止まっていた。きっと、すぐそばに温かみがあるからだろう。この温かさが、いつか私の残り少ない命さえも惜しくしてしまいそうで、恐ろしくも感じた。
それでも、今の震えを止めるために私は貴方に寄り添うのだろう。
この温かさが、私を人間にしてくれる。


Fin.



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