ひやりとした廊下にそっと足を踏み出して歩む。忍へと成長する為に鍛錬された動きは、余程神経を尖らせなければ気付かない程に静かで機敏であり、彼が今までの時間を無駄に過ごしてきた訳では無いことを十分に悟らせる。
倉庫の屋根を修理せねば。たしか、は組の金吾が委員会活動やらなんやらの被害で瓦を剥がしていた。

「どこへ行くの」

用具の入った木箱を抱え、目的の場に行こうとした所で後ろから聞き慣れた声が耳に届く。振り向けば、予想通りの人物が儚げにそこにいた。

「伏木蔵」
「ねぇ、どこへ行くの、平太」
「金吾が壊した屋根の修理に」
「ぼくを置いて?」

人形のような顔が、何故とでも言いたげに小さく歪む。

「そう、君を置いて」

質問に解答した途端、頬に軽い衝撃と小さな熱を感じた。ああ彼に叩かれたのか、といつでもどこか冷めた脳が隅で思う。
慣れている。彼はよく激情に駆られては手をあげていたから。それが自分限定だと言うことも、先刻承知の上。
離さないとでも言いたげに腰に腕が回される。骨のように白く細い腕。戦場で人を毒と交わらせ、美しく残虐に泡を吹かせて殺す腕。そっとそれに手を這わし、ゆっくり自分の体から離す。

「平太はぼくが嫌いなの」
「嫌いじゃないよ」
「なら口付けをして」

常に寄せられている細い眉が更にきゅっと結ばれる。

世間では、彼は病んでいるとでも重いとでも言われるのだろう。普通の人間は青白くないし、指に異常な程力を込めないし、薄く血が滲むほど唇を噛まない。ただ、それが恋慕からくるものだとわかっているから受け入れられる。青白いのは自分も同じ。指に力を込めるのも自分と同じ。ただ、唇は噛まない。自分の役目は、滲む彼の真っ赤な血を舐めとるだけ。

「紅みたい」
「何が」
「血が」
「綺麗?」
「うん、とても」

白い肌に、それはおぞましいほどよく映える。ぞっとするような感覚が背中を走った。
喉を引き裂きたくなる程の冷たい恋情を舌に乗せて、何かにかぶりつくように平太は目の前の赤に吸い付いた。





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