春が近付くと眠たくなるのは夏が暑いことと似ていると思った。あくびに付いて睡魔ばかりでしゃばって、やる気は引きこもり状態だ。それなのに移っていく環境はめまぐるしいのだから、春とは何とも疲れる季節である。

「三郎、ちょっと町まで出て来るね」
「…俺も行く」
「勘ちゃんと行く約束だから駄目。お留守番しててよ」

雷蔵のけち。そう呟いてみたが、はいはいと一蹴されて終わってしまった。私服に着替えた雷蔵を見送り、部屋に転がる。

(八にちょっかいでも出しにいくか)

ふと思いついてみたが、そういえば春が近いのだ。生き物の世話で忙しくてきっと学園内を走り回っている。そんな彼へちょっかいを出すために立ち上がるのは少々めんどくさい。ごろごろ寝転がって何かを呟いたらのんびり返してくれる人が今一番欲しい相手だ。残念ながら竹谷はそれに該当しない。

(兵助は真面目に委員会だし)

そしてその後、髪を結ってもらうとも言っていた。相手は言わずもがな、新しい香油を試させて欲しいとのことらしい。

(暇だなあ)

開け放した扉から風が入る。少しだけ花の匂いがして、そっと頬に髪が触れた。



「ただいま、三郎」

雷蔵の声に目を覚ます。どうやら眠ってしまっていたらしい。体を転がして雷蔵に視線をやると、彼は風呂敷からいくつかの包みを取り出していた。

「お饅頭と、団子、それから餅と、お酒。今日はとても暖かいし、みんなでちょっとのんびりしたいねって勘ちゃんと話してたんだ。あとでみんな来るよ」

甘味が好きだという勘右衛門が選んだという菓子達。それぞれ淡く色付けされていて、暖かい日差しとよく合うと思った。酒の徳利も少し大きい。五人分なのだろう。お猪口も既に用意されていた。
「あは、三郎。頬に跡がついてるよ」

そっと頬を指で触れられる。同じように触ってみれば、確かに畳の跡のような触感が指を滑った。しっとりと、まるで本物のように跡のつく偽物の肌。目の前で嬉々と甘味を並べる雷蔵を見て、手の甲に触れる髪が急に褪せたように感じた。

「…春は眠いな」

花と酒と、甘味の香り。そして陽気。酔わされたような気がして、三郎は頭を振った。今更なことを考えても、脳が疲れるだけだ。切なさを感じるのもまた、春の一環なのだろう。これから新しく季節が巡るのだ。

「三郎?」
「雷蔵、明日は昼寝に付き合ってくれよ」

廊下から三人分の足音と、手をちゃんと洗ったかどうかなどの雑談が聞こえる。一足お先にと口にした饅頭の餡から、ほんのり桜の塩味がした。





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