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 ややあって檜佐木は、自分自身でも気付かないほどごく自然に篁の手に触れ、その頼りない隙間を埋めた。篁の細い肩が僅かに揺れる。

「俺、今からお前のこと抱きしめるから。嫌だったらすぐ言えよ」
「えっ」

 男の大きく厚い掌の熱が肩に触れて、指先が少し滑る。いけない、と思った頃には、篁の体は檜佐木の胸板へと倒れ込んでいた。背中に、肩に、男の硬い体を感じる。湯浴みを済ませたのであろう、気取らない石鹸の香り。裂けそうな程に喧しく鳴る胸の音。不器用に交じり合う体温。つむじに感じる息遣い。

「……何も言わねぇなら、このまま抱きしめるけど」
「ひ、檜佐木副隊長、」
「紫乃、好き」

 篁の言葉を遮った檜佐木は更に腕に力を入れ、今度は正面から篁の体を引き寄せた。

 硬い胸に顔が埋まり、篁は思わず息を止める。破裂しそうなほどの心音が、心臓から直接鼓膜を揺らしている様だった。苦しくなって包まれたままゆっくり息を吸い込めば、先程より濃く蕩けるような芳香。体がさらに熱を持つ。

 続け様に檜佐木は篁の腰を抱いて、そのまま自身の方へと抱き寄せた。それまで辛うじて正座の姿勢を保っていた篁の体はすっかりバランスを崩し、檜佐木に体重を預ける形になってしまう。行き場を失った篁の手が檜佐木の胸に触れれば、まるで獣のように激しく脈打っている彼の心臓の鼓動に気が付いた。

 少しだけ顔を上げて、男の表情を見る。檜佐木の熱を持って潤んだ瞳も、何か言いたげに薄く開いた唇も、その端から漏れる熱く湿った息も、全てが告げていた。
 この愛を、拒むことなど出来るはずもない。
 


 ーー女体の香りも柔らかさも、とっくの昔に学んでいた筈だ。だのに、この腕の中に抱いているものは、経験してきたそれらと何もかもが違う。
 一方の檜佐木は、早鐘の様に鳴る自身の胸をどうにか鎮めようと、静かに深呼吸を繰り返していた。
 存外豊かな篁の胸が、自身の胸板に当たって潰れている。鼻先に触れる髪は、嗅いだことのないような甘い匂いがして目眩がする。腕を回している腰は筋肉を感じるものの不安になる程に細く、こんな体で刀を握っていたのかと驚かされる。
 篁の助けを求めるような瞳は羞恥に潤んでいて、男としてはどうしても加虐心を煽られてしまう。このまま押し倒したら、などと考えてしまうがぐっと堪えた。


 何も考えるな。焦るな。余裕を持て。自分に言い聞かせて、檜佐木はきつく目を閉じた。


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