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 初めて足を踏み入れた檜佐木の自室は、三席である自身の部屋よりもひと回り大きく、現世のものであろう見慣れない物が乱雑に置いてあった。ギターや、CDや、バイク雑誌。どれも篁には縁遠く、現世に赴いたとしても一切心惹かれることのなかったものばかりだ。

 篁は、重ねられた雑誌の一番上の物を手に取る。長い髪をした男性とも女性とも分からぬ華美な人が、ポーズを決めたまま此方を向いて微笑んでいる。そのまま何の気なしにパラパラと中をめくっていると、檜佐木が嬉しそうに篁の顔を覗き込んだ。

「そういうの興味あるのか?」
「あ、いえ、あまり……。というか、全然」

 篁が申し訳なさそうに眉を下げても、檜佐木は気にせずに話し続ける。「現世には、こっちにはないような新しい音楽があるんだ」と、頁を捲りながら目を輝かせる檜佐木。篁は音楽には全く明るくなく、言った通り興味もなかったが、久しぶりに檜佐木の快活な姿を見られたことばかりが素直に嬉しかった。
 
「檜佐木副隊長は、音楽がお好きだったんですね」
「なんだ、知らなかったのか? こう見えて料理も得意だぜ」
「それは意外です」

 篁が頬を綻ばすと、ふと檜佐木は何か思い出したような顔をして、手にしていた雑誌をその辺に投げ置いた。そのままくたびれた万年床にどかりとあぐらをかき、演技っぽく表情を改める。お前もそこに座れと言うように手で促され、篁も言われるがままに座椅子に正座した。そういえば、面と面を合わせて落ち着いて話すことなど、いつぶりだろうか。

「紫乃、趣味は?」
「何ですか、唐突に」
「いや俺、お前のこと何にも知らねぇなって思って」 

 檜佐木は額をかいて照れ臭そうに笑った。
 実際、檜佐木と篁はーーそしてかつては東仙もーー仕事以外で顔を合わせたり、食事に行ったりする事は一切なかった。言わずもがな、それを態々避けていたというわけではなく、ただそうならなかっただけだ。そもそもあの激務の中で同時に食事に出ることなどほぼ不可能に近かったし、東仙も篁も自分のことをベラベラと話すようなタイプではない。そして檜佐木は二人のその空気を察知し、必要以上に踏み入らないようにしていたのだ。そのため互いに、相手の私的な事は全くと言っていいほど知らなかった。

 篁は顎に手を当てて少し考える。

「……読書ですかね」
「予想通りすぎて面白みがねぇなあ」
「こんな性格ですから」

 檜佐木は「面白みがない」と言いながら、妙に楽しそうに笑っていた。それにつられて篁も表情を緩める。

「どんな本を読むんだ」
「最近は現世のものばかりですけど、何でも読みますよ。時代小説も恋愛小説も、……冒険小説まで」
「へぇ。じゃあ、嫌いなものは?」
「冷え性なので寒いのが苦手です。けれど猫舌なので、熱いのも苦手です」
 
 こんなに長い時間を共に過ごしてきたのに、相手の好きなものも嫌いなものも知らなかったなんて。思わず、二人で顔を見合わせて笑ってしまう。


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