ねえ花の名をつけて

 それがあんまりにも柔らかいものだから、さらに涙してしまう。
「……お前に、申し訳なくてよぉ……俺が居なければ、お前はもう少しくらい幸せなはずなのに、なんで俺はここに居るのか、分からなくなっちまって、済まねえ、済まねえ龍宝。俺の手で、幸せにしてやれるか、分からねえ。なんか、急にこんがらがっちまって分からなくなっちまった。俺は、どうしたら……」
 すると、また唇にキスされ両手で包まれたほっぺたを親指の腹で撫でられる。その仕草一つとっても、優しいものだ。
「俺たちが薄い氷の上を手を繋いで歩いているのは、お互いに惹かれ合っているからでしょう? きらいな人とは手を繋がない。そんなとこ歩かない。けれど、俺たちは片想いではないんですから。あなたは俺が好きで、俺もあなたが大好き。それで、いいんじゃないかって思うんです。それだけハッキリしていれば……たったそれだけで、俺たち報われてると思うんですが違いますか……?」
 そう言ったヤツの声は震えていた。
「淋しいところにたった独りで震えているならともかく、俺とあなたは少なくとも淋しいところに二人でいる。それで、いいんじゃないんですか……?少なくとも、俺はそれで構わない。あなたがいるなら、それで構わないっ……!!」
 ぎゅうっと抱きつかれ、その腕を見ると俺のつけた真っ赤な歯形が二つ、残っていてそこを包み込むように撫でると、ヤツと目が合った。
 その眼は揺れてはいなくて、真っ直ぐに俺を射抜いてくる。その光の強さに、圧倒されてしまった。
「俺は、あなたさえいればいいんです。他は、要らない。欲しくない。あなたの気持ちと身体が欲しい。その二つがあれば、何とか生きていけそうな気がするんです。なにも無かった日常が、花開くんです、始さんと居ると楽しくて、気持ちよくて幸せで……それだけじゃいけませんか。あなたの幸せには足りない? 俺は、幸せですけど。ああでも、今は少し幸せではありませんね」
「今……? なんで、俺が居るのにお前は幸せじゃねえんだ」
「だって、あなたが泣いているから。悲しそうな顔をして、涙を流しているから幸せじゃない。あなたには、笑っていて欲しいんです。いつでも、朗らかに笑っていて欲しい。そのためなら、俺はなんでもしましょう。なんだってする。だから、泣き止んで……おねがい」
 さらに力を籠めて身体をぎゅっと抱かれたと思ったら、ヤツがそろりと離れていき、顔が近づいたと思ったら額と額が合わさって、目の前の美麗な顔がゆったりと笑った。
 俺も手を伸ばしてヤツのほっぺたを両手で包み込むと、さらに深く笑って上目遣いでこちらを見つめてくる。黒目が、光に反射してゆらゆら揺れてすげーきれいだ。
 思わず泣くのすら忘れて見入ってしまうと、またしてもヤツはきれいに笑い俺のほっぺたを両手で包んでくれた。
 ヤツが笑ってる。何だかヤツの周りだけ光ってるみてえだ。さらに見つめてしまうと、見つめ合いになり、ヤツが笑いながら顔をさらに近づけてくる。
 目の前には、つやつやの赤い唇がある。あと一歩で、キスするというところでヤツが動きを止め、じっと俺を見つめてくる。
「……涙、止まりましたね。俺のおねがい、聞いてくれた。嬉しいです」
「いや、ただお前に見惚れてただけだ。あんまりにもキレーに笑うもんだから……つい、見ちまった。お前はイイな。キレーでよ、優しくてなんか、光ってるし」
 俺の言葉に、ヤツははにかみながら口角を上げた。
「それは、あなたが光らせてくれたんですよ。影が無ければ、光は存在しませんからね。あなたが、俺を大事にしてくれるから……そのおかげで光ることができる。あなただって同じことが言えますよ。俺があなたを、光らせてあげます」
 妙なことを言うと思う。光ってそういうモンか? いや、違うか。ヤツが言うならそうなんだろう。何故かそう思える。
 何だか笑えてきてしまい、顔の筋肉が解れていくのが分かる。そのまま勢いに任せて笑うと、目の前のヤツも同じように笑った。
「ほら、笑えるじゃないですか。光ってそういうものだと思います。あなたがいて俺がいるから光ることができる。俺たちは互いが居れば、光ることができるんだと思います。このまま二人で……明るいところへ行きましょう。手を繋いで……俺とあなたで」
 暗黙の了解で、俺たちは顔を寄せ合い、そして柔らかなキスをした。だが、それだけじゃ足りなくなり、すぐにヤツの唇を啄むようにして吸いながらキスすると、ヤツも同じように下手くそながら俺の唇を吸ってくる。
 そのまま吸い合いになり、ちゅっちゅと音を立てさせながらするキスは心地よく俺の心を解かしていく。
 気持ちがイイ。なんて気持ちがイイ触れ合いなんだ。こんなキスするの、初めてだ……。俺は心底に、ヤツが愛おしい。ヤツが、龍宝が好きだと思う。
 つい夢中になってしまい、舌を出してヤツの唇を舐めると甘い味が口いっぱいに拡がり、それが気持ちよくてついつい何度も舐めてしまうと、薄っすらと口が開いたためナカに舌を入れ込みべろりと大きく舐める。
 すると、ヤツの舌が俺の舌を突き、まるで絡ませてくれと言わんばかりのそれに愛情が募り、ヤツの舌を巻き込みながら口のナカを舐めしゃぶる。

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