今宵があなたと生まれる日

 甘いにおいが気持ちイイ。大きく息を吸って腕の中のヤツを堪能していると、不安げな声が耳に届いた。
「ねえ、始さんなんとか言って。何か言ってください。どうして、黙るんです。やっぱり……俺じゃ無理ってことですか。あなたの恋人には、なれませんか」
「いや、違う。そうじゃなくてよ、愛おしいなって思うんだ。言葉が出てこねえ。お前をこの腕に抱けることがすげえ嬉しくて……なあ、龍宝。俺たち、幸せになれると思うか。いや、違うな。俺が幸せにしてやる」
「それじゃ意味がない。あなたも幸せにならないと何の意味も無くなってしまう。一緒に、幸せになりましょう。俺は、あなたと幸せになりたい。俺も幸せで、あなたの幸せもきちんと、守りたい。それが、俺の考えるお付き合いです。でなきゃ……鳴戸親分とあなたの彼女を裏切っている意味が、何一つ無くなってしまう気がして……だから、幸せになるなら二人一緒に」
 その言葉をどんな顔をして言っているのかが気になり、そっと身体を離してヤツの顔を見ると、それは幸せそうに笑っていて、ほっぺたにも眼にもまだ涙が残っている。
 だが、その笑顔は今までこいつのたくさんの顔を見てきたが、その中でも残像が頭に残りそうなほどに、甘くてそしてきれいな笑顔だった。
 この笑顔は、俺が護る。
「……なあ、龍宝。キスして、いいか」
 すると、こくんっと大きく頷き、さらに笑顔が深くなる。
「俺がいやだなんて、言うと思いますか? 俺も、あなたとキスがしたい。愛のある、たくさんのキス……ください」
 近づく顔と顔。俺たちは眼も瞑らず、目線を合わせたまま唇を触れ合わせた。
 何度も何度も、それぞれ角度を変えてキスを繰り返し、俺はヤツの体温に酔いしれた。気持ちイイ、すげえ心にクるキスだ。
 誰としても、こんな気持ちになんてなったことなかったのに、不思議だ。けど、悪い気分じゃなく幸せ過ぎて困る。
 今の甘い空気に押されるよう、そろりと舌をヤツの口に入れ込むと濃い血の味がして、申し訳ない気分になる。思わず舌を引っ込めると、それに気づいたのかヤツから逆にキスしてきて俺の口のナカに舌を入れ込んで、血の味のする舌で俺の舌をたどたどしく舐めてくる。
 その初心な舌の動きに、たまらない愛しさを感じ、痛いと思わない程度に伸びてきた舌をしゃぶると、ぶるっとヤツの身体が震える。
「ん、んはっ、は、はあっ……は、あっ、は、はじめ、はじめさ、はじめ、さんっ……ん、はあ、好き。大好き。愛してる……」
 キスの合間に告白され、さらに愛おしさが募る。
 もっと触れ合いたくて背中に回した手を動かし、肩甲骨の辺りを撫でるとさらにヤツの身体が震えたと思ったら、ぐいっと背広を引っ張られた。
「っん……服、脱いで。素肌で触れ合いたい……もっと、始さんを近くで感じたい。だから、服脱いでください」
 暗黙の了解で、ヤツは下だけ穿いていたのでそれを脱ぎ、俺も無言ですべてを脱ぎ捨てて全裸になり、改めてヤツに向き合いヤツは俺の身体を跨ぎ、上に乗っかってきて、それこそ触れ合っていない部分が無いんじゃないかってくらいぴったりと上半身が触れ合い、ヤツのきめ細かくそれでいてしっとりとした心地いい肌を愉しむ。
「はあっ……はじめさんの身体、熱くて気持ちイイ……ん、いいにおいする」
「いいにおいはお前だろうが。甘いにおいぷんぷんさせやがって。誘ってんのか。襲うぞ。ま、今日は打ち止めだけどな。だろ?」
 自分が本気で言ってんのか、どうなのか分からないまま、ヤツに質問を投げつけてみる。すると、するっと腕の中から出たヤツは少しだけ笑っており、ほっぺたを真っ赤にさせてはにかんだ。
「そう、思いますか? 本当に俺が打ち止めにするつもりだとでも? ……抱いてください。俺も、あなたと抱き合いたい。たくさん、始さんが欲しい。そう、思って抱きついてました。ください、始さんを俺に、俺だけに」
 ヤツは見惚れるくらいにキレーに笑っていて、まるで吸い込まれるように顔を近づけてしまう。唇が触れ合うくらいまで接近すると、ヤツの眼が潤んでいることに気づき、黒目が光を飲み込んでゆらゆらと光って揺れててそれがすげえ、キレーだ。
 思わず口を開けて見入ってしまうと、その眼が柔らかく弧を描いて笑顔に変わる。だが、眼は未だ涙を湛えて今にも涙が落っこちそうだ。
「……なんで、そんな泣きそうになってんだ。未だ悲しいのか、お前は」
「ちが……いえ、何だかこうしていられることが奇跡みたいだなって。思えば……俺は最初からあなたに惹かれていたのかも、そう思うんです。最初は親分に似ているから惹かれたのかと思っていましたが、今になってみるとそうじゃなくて、斉藤始っていう一人の人間として、あなたに夢中になっていたんだなって、こうして抱き合ってみると思うんですよね。とても、不思議な感覚ですけど。ここだけの話ですけれどね、あなたに初めてキスされた夜……実は、眠れなかったんです。気分が高揚してしまって、とてもじゃないけど眠れなくてずっと、あなたとしたキスのことばかり考えてました」
 そう言って、ヤツはふわんと笑った。その様がまたキレーで、ついつられて笑ってしまいたくなるような、そんなツラだ。
「だから、広島での出来事はまるで……夢のようでした。このままずっと、広島に居たいと思ってしまうほどには、離れがたかった。ずっとあなたと抱き合っていたいと、思えるほどには……幸せでしたよ。広島での毎日は、そんな日の連続でした。だから、今が幸せ過ぎてどうしたらいいんでしょうね」
 ぽろりと涙を零したヤツのほっぺたを両手で包み込み、真っ赤に熟れたりんごみてえなほっぺたを親指の腹で擦りながら、ゆっくりと言葉を口にする。
「そうか、俺もそうだったな。お前の唇の柔らかさとか……いいにおいとか、泣き顔とか、身体もそうだが、とてもじゃねえが忘れられねえ毎日だったからな、俺にとっても、お前は最初から特別だったのかもな。だから、こうしてこういうことも、したいし……」
「……こういう? どういう……ん、んっんンッ」
 最後までヤツの言葉を聞かず、唇に吸い付くと途端、甘い味が口に拡がりその気持ちよさに任せて、何度も啄むようにキスするとヤツも同じように角度を変えて何度もキスしてくる。

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