さよならのかわりに記憶を消した

 それでも、構わないと思った。
 こいつが振り向いてくれるなら、加減なんて必要ない。とことん、分からせるまでだ。俺がお前にどんな気持ちを抱いているか、知ればいい。知って、理解して受け入れろ。
 しかし、ヤツはかなりしつこく抵抗してきて、ひたすらに俺という人間を拒絶してくる。そのたびに俺が乱暴するモンだから、ヤツの口のナカはただ血の味しかしなくなり、涙も止めどなく溢れ出しては重力に従って下に零れ落ちてる。
 かわいそうだ、そうは思っても身体も心も止まってくれない。そうしたところでいきなりだった。ヤツがさらに激しく抵抗し、顔を引っ掻かれた。
「もっ……やだっ、いやだぁっ!!」
 その拍子に、かけていたサングラスが飛びカラカラカランと硬い音を立てて壁際まで吹っ飛び、素顔を晒してヤツを上からねめつける。
「……なにすんだ」
「それは、こっちのセリフです。こんなことをすればもっと俺の心が離れていくって、何故分からないんですか。口のナカ、こんなにして……それで満足って言うんだったら俺はあなたのことなんか好きじゃない。俺の好きになったあなたは、こんな人じゃないはずですから」
 眼に強い光を宿してそう言い切るヤツを見て、初めて動揺した。
 ヤツが、好きだった俺って……。
 勝手に手が震える。俺は、何か勘違いをしていたか? 何か大きなことを間違えていないか? そうだ、こいつの言うとおりだ。俺は、自分のことしか考えてなかった。ただただ、気持ちをぶつけることに夢中になってて、ヤツがそれに対してどう思うかなんて、これっぽっちも考えてなかった。
 そっと、涙で濡れたヤツの頬を両手で包み込み、親指を使って濡れた肌を撫でてやる。
 するとヤツの表情が緩みホッと息を吐いたのが分かった。これは間違いなく、安堵の溜息だろう。
 悪いことを、してしまった。
「龍宝……」
「はじめさんの手……珍しく冷たい。いつもは熱いくらいなのに……後悔、してるんですか」
「後悔、そうだな。お前の言ったとおりだった。俺は結局、自分のことしか考えてないのかもな。でも、それでもやっぱり、俺もお前を諦めたくない。お前が諦めたくないように、俺もお前を諦めたくない。別れたくない。……なあ、龍宝。俺たち……付き合わねえか?」
 俺のその言葉に、ヤツの眼がこれ以上なく見開かれ、涙も止まってなんだかこいつの時間が止まっちまったみてえになってる。
「だから、付き合おうって言ってんだ。ちゃんと言ってこなかった俺が悪いが、お前が言葉が欲しいっつーんなら、付き合わねえ? 撫子と平行になる。それは先に謝っておく。だが、俺はお前も手放したくねえ。あんな風に泣くお前を、独りになんてできやしねえよ。だから、言う。ちゃんと俺の言葉で伝える。……付き合ってくれ、龍宝。俺の恋人になってくれねえか。大事にする。できる限り、大切にする。だから」
 そうしたところで、いきなりヤツが笑い始めた。何がおかしいのか、そのまま様子を見ていると笑い顔はすぐに泣き顔に変わり、嗚咽を漏らして泣き始めてしまった。
「なんでっ……そういうこと言うかなあっ。言えるんですかねえっ。卑怯すぎる。そんなことをあなたが好きな俺に言ったら、もう返事はイエスしかないって、分かって言っているんだったらひどすぎる。俺を置いて行った鳴戸親分より、残酷でひどいっ……!! なのに、どうしてでしょうね。死ぬほど嬉しい……!! あなたみたいな人にそう言ってもらえて、すっごく嬉しいのはどうしてでしょう。ねえ、始さん、始さん、はじめさんっ……!! ねえ、ねええっ!!」
 そう言ってヤツは涙を零しながら何度も俺の背中を叩いた。加減はしてるだろうが、結構ドカドカと叩かれ、宥めるつもりでぎゅっと力を籠めてヤツの身体を掻き抱くと、その手は徐々に力を無くし、俺の背を包むように抱いてくる。
「うっ、っく……はじめさん、好き……やっぱり、俺あなたが好きだっ。誰よりも優しくて残酷なのに、俺は未だ、あなたをきらいにはなれない。諦め切れない。きっと、滑稽でしょうね、あなたの眼から見ると。でも、それでも構わない。いくら道化みたいでも、なんでも俺は、あなたとお付き合いがしたい。恋人に、なりたい。彼女には申し訳なくてたまらないけれど、でも、少しでもあなたの中に俺がいるのなら、幸せのおすそ分けくらいして欲しい。俺も、始さんの手で幸せになりたいって、思います。……はは、矛盾してますね。でも、これが今の俺の正直な気持ちです。嘘偽りない、俺の気持ち。受け取って、くれますか……? こんな俺ごと、愛してくれる覚悟はありますか」
 その言葉に返事はせず、身体を起こしてヤツの身体も引き上げてしっかりと身体を抱いてやる。するとすぐにヤツの腕が俺の背中に回り、一部の隙間もなくきつく抱き合うことになり、剥き出しのその背を優しく、上下に擦る。しっとりとして、温かく気持ちがイイ肌だ。

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