鋭く刺して突き放してよ

 だから俺は、広島でこいつに手を出したんだ。俺から、きっかけを作った訳、それも分かった。
「……龍宝、俺はお前を愛してるぜ。誰よりも、何よりもだ。お前が、一番好き。だから、離れるなんて言うな。帰れなんて、言うなよ」
「なに……? あなたは自分が何を言っているか、分かっているんですか……? あなたが好きなのは、本当に愛してるのは彼女でしょう!? 撫子さんでしょう!? なにとち狂ったこと言ってるんです!! 戯言もいい加減にしてください!! ……ぬか喜びなんて、したくないっ……!!」
「そうだな、俺は狂ってるのかもしれねえ。けど、それはお前もだろうが。鳴戸になんて言うって言った? 別れるって、お前本気で言ってんのかよ」
「俺は嘘は吐かない。あなたと違って、嘘なんか言わない!! 親分にはちゃんと言います! すき、好きな人ができたって。それはあなただって、言うつもりです! それが何か!? あなたに迷惑かけますか!!」
 肩で息をしながら涙を零して大声を張るヤツのほっぺたを、なるべく優しく、壊れ物を扱うようにそっと、包み込むとまた、違った涙を零し始めた。
「こんな風に優しくして……どうするつもりですか。俺は、また期待してしまう。あなたのこと、諦められなくなってしまう。だから、優しく触れないで。俺に……触らないで。もう、行ってください。彼女のとこ、行って」
 まるで諦めたような声色のヤツの頬へ、俺は思い切り平手を叩きつけていた。加減もせず叩いた所為か、ヤツの首が横へひん曲がりあっという間にほっぺたが違う意味で真っ赤になる。
「は、じめ、さん……?」
 まるで信じられないものでも見たようなツラで、ヤツは俺を見上げてきた。その眼には、大量の涙が滲んでいる。
「てめーみてえな分からず屋はこうしねえと黙らねえだろ。言っておくがな、俺はお前を愛してる。鳴戸よりも、おめーを愛してる自信がある。お前こそ言えねえのか、撫子よりも俺を愛してるって、それくらい言えねえのか。それくらい言ってから、鳴戸に別れるって言え。そんで、俺に愛してるって言え。そんな覚悟もねえヤツが、俺の袖を引くなっ!!」
 すると、ヤツの表情がキリキリと歪み怒鳴り散らしてくる。
「あなたこそっ……あなたこそよく言えますね! 親分がどれだけ俺を愛してくれていたか、知らないっていうのにあなたは親分よりも俺を好きって言う! でたらめもいい加減にしてくれませんか!! 何も知らないあなたに、親分のことをどうこう言われたくない!!」
 だが、俺も黙っていない。すかさず言い返してやる。
「だったら、何で鳴戸はお前を置いて消えた! 生きてるなら傍に居てやりゃいいじゃねえか! それをしねえで、お前に組押し付けて姿晦まして自分勝手に生きてるヤツよりは俺の方がマシだろうが!! 好きだったら傍に居て愛してやれ! 俺は鳴戸にそう言いたいね!!」
 ぐっとヤツが言葉に詰まるのが分かった。そして、また涙を零して悲しそうな表情になる。
「撫子さんより好きって……どの口が言えるって言うんです。あなたは、今の彼女に生前の撫子さんを重ねて見てる。どちらの撫子さんの気持ちも知らない俺に、誰よりも一番あなたを愛してるのは俺だとは言えない。そんなおこがましいこと、言えない。……確かに、俺はあなたが好きです。けれど……そこまで言い切ってしまえる自信は、ありません。愛しているけれど……でも、俺はそこまで行けない。あなたは、愛する人を間違えてる。きっと俺とあなたではここまでしか行けないということなんだと思います。……お別れは悲しいけど、きっといい思い出にできますよね」
 その言葉と泣きながら笑うヤツの顔を見た途端、頭の中の何かがぷちっと切れる音が聞こえた。
 何か考える間もなく、革靴を脱ぎ捨ててフローリングの床に転がるヤツを掴まえ、両腕を引っ張って部屋の奥へと引き摺る。
「やっ! なにっ、なにするんです!! だ、だから帰って、帰ってください!!」
 懸命に身を捩るヤツの身体を持ち上げ、そのまま力任せにベッドに押し倒し、首を振っていやがるヤツの両頬を手で包み込み、唇が触れるか触れないかの位置までずいっと顔を寄せる。
「……お前になに言っても無駄だって分かった。俺が好きなら、いいよな?」
「いい……? な、なにが、一体なにがいいって言うんです。なにを……」
 もはやブチ切れだ。
 言って分かんねえヤツにはこうしてやらねえと。
 無理やり、ヤツにキスを仕掛けると何とか振り解こうとしてくるが、しっかりと両手で顔を固定して、さらに深く唇を押し当てると「んっんっ!」と感じてるのかいやがっているのか分からないような声を上げて身体を震わせる。
 そのまま唇を啄むように吸い、何度も角度を変えてキスするがヤツが暴れるので上手くできず、だんだん腹が立って来たので、強く下唇に噛みつくと少し、鉄の味がした。
 やり過ぎだとは思うが、身体は止まってくれず衝動に任せてさらに深く口のナカを貪る。すると今度は舌を噛まれ、結構な痛みが走ったことでさらに腹が立ち、俺からも噛み返してやると、さらに濃い鉄の味がしたのが分かって、自分に加減というものができていないことに気づいた。
 誰かを抱く時、力の加減にはいつも気を付けてきた。それは半ば習慣のようになっていて、余程じゃない限り、加減を忘れることは無かったというのに今だけはそれができない。

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