お前がいるから私は死ねない

 涙で濡れててもすげえキレーで、つい見惚れてしまうとそれは淋し気な笑顔に変わり、じんわりじんわりと、ヤツの眼に新たな涙が盛ってきて、頬を伝って流れた。
「これで最後にしようって……何度も何度も想っているのに、未練ばかりが邪魔をしてあなたを縛ってしまう。だから、これで本当に、最後にします。ありがとう、始さん。俺を好きだと言ってくれて。愛してるって、何度も言ってくれてありがとう。俺はずっと、あなたが好きです。例え今あなたと別れても……俺は、操を立てて親分とは別れます。そして、あなたを想い続けます。そのことだけは、許してくださいね。なにも求めませんから、だからそのことだけは、許してください。……愛してます、始さん、あなただけをずっと……ずっと。さあ、行ってください。ドアの向こう側へ。今度こそ、振り向いてはいけませんよ。行ってください、振り向かずに」
 だが、俺はそうしなかった。
 本能の赴くがまま、至近距離にある顔を両手で包み戦慄く唇へとキスを落とし、ぎゅっとその身体を抱く。
「は、はじめ、さんっ……? い、いけません。俺から離れて。決心が鈍るから……行ってください、早く!」
「……だ。いやだ、出て行かねえ。俺は行かねえぞ。梃子でも動かねえ! お前を抱きしめて、これから先もずっと、愛してるってお前に言う! 何も変わらねえ、お前を愛する日々を続けていく。これが、俺の覚悟だ。お前が、好きだ龍宝。切り捨てようったってそうはいかねえぞ。俺が繋ぐ。繋いでいく。お前との関係も……撫子のことも」
 そこで、ヤツの身体が一気に強張ったのが分かった。
 それが分かりながら、思いっ切り体重をかけてヤツに伸し掛かっていく。その間、強い抵抗に遭ったが関係ねえ。
 大きな音を立てて俺たちは床に倒れ、きつく抱き合った。
「なんで、こんなことっ……! 必死にあなたのこと、引き止めまいとしているのに、何故っ……!!」
「俺のこと、好きでいてくれるんだろ? 俺だってお前が好きだ。愛してる。何か問題があるか」
「あ、あなたには彼女がいるでしょう!? 大好きで、愛してる彼女って人が!! 裏切っていることに罪悪感は無いんですか!! 俺はっ、おれはっ」
「黙れ、黙ってろ龍宝。もう、いいから黙れっ……!」
 そのままの勢いで唇を奪い、きつく唇を当ててぐりぐりと押し付ける。テクもへったくれもねえキスだが、今はこれでいいような気がした。寧ろ、今じゃなきゃこんなキスはできねえ。
 その方が、気持ちはきっと伝わる。
 舌を伸ばし、ヤツの口に無理やり捻じ込んでナカを探るように舌を動かすと、まるで咎めるようにきつく噛まれるが関係ねえ。ヤツに気持ちが伝わるまで、キスは続ける。文句は言わせねえぞ。
 俺もヤツの舌を噛み、そして優しく舐めながらゆっくりと瞑っていた目を開けると、ヤツの眼は開いていて、涙を零しながら切なそうに俺をじっと見ていた。
 こんな顔、させたいわけじゃねえのにな。なんで伝わらねえんだろう。俺の気持ち、どうして受け取ってくれねえんだと思った時点で、撫子の顔が思い浮かんだ。
 そっか……すべてはそういうことか。
 離したくないが、名残り惜しい気持ちでいっぱいになりながらキスを解くと、ヤツはぽろぽろと大量に涙を零しながら、俺の首に腕を回してキスを強請ってくる。
「は、はじ、はじめ、はじめさんっ、止めないで、キス、キスして。たくさん、キスしてっ……! キスが終わったら……その時は」
「帰らねえぞ。絶対に帰らねえ。……明日、撫子に電話する。そんで、龍宝、明日はお前と過ごすことにする」
 すると、驚愕を絵に描いたような顔をしてこちらを見てきた。
「そんなっ……! 彼女が悲しむでしょう!? 仕事が終わったんですよね。だったら、あなたと過ごすことを楽しみにしていたはず。そのために仕事だって頑張ったと思うのにあなたがそんなことを言ってしまったら終わりでしょう!? 帰って! 帰ってくださいっ!! そんなことを言うあなたはきらいです!!」
「だったらどうすりゃいいってんだ!! 俺は独りしかいねえし、だったらどっちを優先するかなんて決まってんだろうが!! 俺が決める、お前が決めるな!! お前の方が大事なんだから仕方ねえだろうが、いい加減にしやがれ!!」
 俺の怒声に、ヤツがのどをひっくと鳴らした。そしてまた、新たな涙が眼に盛ってくる。
「なんでそういうこと、さらっと言ってしまえるんですかあなたはっ……! 俺のことなんて、放っておけばいいのに、そうすれば彼女と二人で幸せになれるのに!! 何故ですか!!」
「そんなモン決まってんだろうが、お前が好きだからだ!! 何度言わせる!! 言ってんだろうが、お前が好きだって、愛してるって! 撫子よりお前の方が好きだからっ……」
「……いま、なんて……なんて言ったんです。彼女より、なに」
 俺、なんて言った? 撫子より、龍宝の方が、好き……? いや、好きだ。好きだが、そうなのか、そっか、だから俺は……。
 やっと分かった。何もかも、これでつじつまも合えば気持ちも治まる。そっか、そういうことだったのか。

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