永遠の犠牲さえ

 さて、じゃあ次は横いってみるか。
「噛むぞ、隣」
「……おねがい、します。ひどく噛んで……始さんのいいように、噛んでください。俺は、なにされても構いませんから。あなたのこと、好きです。だから、始さんは好きにいろいろしてください。俺は、受け止めます」
 ふぅん。こいつ撫子みてえなこと言うな。まあ、受け身ってのはそうなのかもしれねえが、反抗的な気分っつーのにはならねえのかな。
 試してみるか。それも一興だ。こういう機会もそう無いだろうし。
 先ほど噛みついた鬱血痕の浮かぶ隣に歯を当て、先ほどと同じくゆっくりとあごに力を入れていく。
「んっ……! あ、はあっ……」
 柔らかい肉が歯に食い込んで気持ちイイ。いくら鍛えてあるからって、ここは無理だからな。遠慮なく、噛ませてもらう。
 さらに強めに歯を入れると、だんだんとヤツの表情が痛みで歪んでいく。その顔にも、そそられてしまう。ちょっと二段階くらい飛ばしてかなり強く腕を噛むとヤツが息を詰めたのが分かった。
「い、痛っ……! ん、はあっはあっ、痛いっ……! う、ううっんんっ!」
 でも、未だなんだろ? 未だまだなんだろうが。
 気持ちよくさらにあごに力を入れて噛むと、ヤツの身体がぶるっと震え、横目で見てみると顔を真っ赤にして、眼には涙を浮かせて息を荒くし、口を半開きにさせてこちらを見ている。
 それは完全に、痛みではなく快感に浮かれた顔だった。やっぱりな、痛い方が気持ちイイんじゃねえか、お前は。
 もっと欲しい、その顔。その欲望に負けてぐっときつく肉に歯を食い込ませると、明らかに肩で息をし始め、潤んだ眼からは涙が零れそうになっている。その眼には明らかな欲情が浮かんでいて、なんともそそられる顔をしてじっとこっちを見てはしきりに息を荒くしている。
「んっんっ、はあっはあっ……は、はじめ、さんっ……ん、気持ちイイ」
 ほらな、お前はそう言うヤツなんだよ。気持ちイイのが好きで、痛いのが好きなそういうヤツだ。
 認めたのが何となく嬉しくなり、さらに強く噛んだところだった。
 いきなり聞き慣れない電子音が聞こえ、初めはなんだか分からなかった。
「ん? ……おい、何の音だ。うるっせえな、イイトコロなのに。さっさと黙らせろよ」
「あ……ケータイですよ多分。でも、俺のじゃない……あなたのでしょう?」
「俺の? まあ、俺も持ってるけど……あ! ああ、そうだ。撫子からの着信だけ音を変えてたの忘れてたわ。あー……でも、今は、な?」
 龍宝は額に汗を浮かべながら腕を引っ込め、脱ぎ捨ててある二着のスーツの山を指さした。
「……出てあげてください。あなたに何か用があるんでしょう? 寧ろ、出ないと不自然です。俺は、いいですから、早く」
 そう言った顔は強張っていたが、確かに出ないと撫子が不審がる。それに、撫子からの着信は今回が初めてだ。なにかあったのかもしれねえ。
 ベッドから出ずに横着して腕を伸ばしてスーツを引き寄せ、そして内ポケットに入っていたケータイを取り出すと確かに、ケータイには『撫子』と表示されている。
 しかし、隣に龍宝が居るってのに俺の彼女と電話って……。戸惑いながらヤツを見ると、ヤツは表情を硬くして耳を手で覆った。
「聞きませんから。手で耳を塞いでおきます。だから早く出てあげてください」
 そう言って、ヤツは俺に背を向けて両手で耳を塞いでしまう。それを見届け、通話ボタンを押して耳に電話を押し当てる。
「もしもし? 撫子か。どうした。珍しいな、お前がケータイに電話してくるなんて」
 するとどうにも向こうの様子がおかしく、なるべく優しい声色で何事かあったか訊ねると、どうやら修羅場が終わったらしく、何となく気が抜けてしまってその分、気分が不安定になってしまったらしい。そこで俺の声がどうしても聞きたくなったとのことだった。
 こういう理由で電話をかけてくるのもかなり珍しいことだ。もしかして、最近俺が龍宝のところに入り浸っているから少し、淋しいのかもしれない。
「安心しな、撫子。お前には俺がいるだろ、いつだって俺がいてやるから安心しろ。なにも怖いことはねえ」
 すると、隣で寝転んでいた龍宝の身体がぴくっと動いたのが分かった。そして、細かく震え出す。こいつ、聞いてるな。聞き耳立ててやがる。だが、ここで電話を切るのも不自然だ。
「ああ、今な、龍宝のとこに居てよ。こいつの酒癖がまた悪くて……! 今も、盛大にゲロ吐いてるとこ。ははは、笑えるだろ。イケメンが台無しってな」
 すると電話先の撫子が明るく笑った。だがその代わり、隣で龍宝が泣いている。今、鼻をずずっと啜った音が聞こえた。未だ、身体も震えてる。
 ベッドに両肘をついていたが、何とか宥めようとその片腕をヤツの身体へと回すと、思わぬ力で押し返され、その勢いで危うくベッドから落ちそうになる。
「おわっと! ああ、すまねえ。いや、なんでもねえ。龍宝が寝ちまったみてえでな、急に倒れた。悪い、原稿が終わったんなら何か美味いもんでも食いに行こうぜ。ああ、んじゃな」
 何とか素早く電話を終えようとするが、撫子はなにかを言い淀んでいてなかなか電話を切ろうとしない。
 ああ、あの言葉か。こいつの前では絶対に言いたくないが……仕方ねえ。言わなけりゃ、電話はきっと終わらねえだろう。
「撫子、愛してるぜ。ああ、明日帰る。ちゃんとイイコで寝ろよ。うん、そうだな、おやすみ。ああ、ちゃんと抱いてやるから。うんうん、じゃあな、おやすみ」
 そして通話を終えたその直後だった。

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