傷口のない出血

 じっと見つめ合っていると、だんだんと表情が緩みそしてさらにほっぺたが赤くなった。
「さ、サングラス取ったはじめさんは、反則ですっ……! なんで、そんなにカッコイイんですか。なんか、いつもサングラスしてるから……こういう時だけ取るのは、反則過ぎますっ」
「お前は、あれだなあ……かっわいいよなあ、いいな、鳴戸は。お前みたいなかわいいヤツに想われててさ。幸せモンだよ」
 少し皮肉を込めてみると、ヤツは少し唇を尖らし手を伸ばして俺のほっぺたをすりすりと擦ってくる。
「俺は、あなたが好きです。……親分だけじゃない。俺は始さんも好き。大好き。始さんだって、彼女が好きでしょう? 同じ穴の狢ですよ」
「そうか、そうだな」
 今この話題はしたくない。ほっぺたを撫でていたヤツの手を強く引き、そのまま身体をひっくり返して組み敷いてしまう。こういうことで誤魔化すのは卑怯だって分かっているが、こいつだってそれは百も承知だろう。
 ベッドの上に転がったヤツは、上目遣いで俺を見つめてきてその黒目は、不安そうにゆらゆらと揺れている。
 こんな顔、させたいわけじゃないのにな。
 ずいっと顔を近づけると、元々赤かったほっぺたがさらに赤くなって、顔全体も同時に色づくその様がきれいで、ついじっと見てしまうと、今度はさらに上目遣いで誘うようにのどを晒してくる。
 俺のお気に入りの場所と知って、こうして噛んで欲しいと無言の圧を送ってくる。これも、いつものことだ。もはやこいつと寝る時の恒例になってしまった愛撫の一つがこれってわけだ。
 遠慮なくあご下に顔を突っ込み、少し強めに飛び出た喉仏を噛むと「くっ……」と息が詰まったのが分かった。
 だが、こいつは痛いのもイケるのでさらにきつく噛んでやると、じわっと触れ合っている全裸の肌が汗ばむのが分かった。ヤツの持つ甘いかおりが強くなる。
 しかし、噛み心地までいいとは。こいつと居ると驚くことが多い。特に、こういったことでは毎回というほどにいろんな顔が見れて、そのたびにぐんぐんと惹かれていく。好きに、なってしまう。
 抱けば抱くほどに、愛おしくなる。一緒の時間を過ごすほどに、夢中になっていく自分が止められなく、そして怖い。
 だから、俺は撫子のところへ帰るのかもしれない。これ以上、惚れないために。鳴戸を待つ、こいつのために。
 そんなのは詭弁か。
 ただ臆病なだけだ。ヤツと真剣に向き合うことが怖くて、ただ逃げ回ってる臆病者だ、俺は。
 のどから歯を外し、丁寧に歯型のついたのどを舐めていると、ヤツが両手を持ち上げて髪を弄んでくる。
「はじめさん、好き……大好き」
「噛まれることがそんなに好きか」
 すると、後ろの髪を掴まれて引っ張られた。痛てて、なにしやがるんだ。
「違うでしょう? ……違う、でしょ。分かってるはずですよ、始さんは。俺の好きがなにか……どういう好きで、俺がどう想っているか分かってそうやって誤魔化すんですから。性質が悪いです」
「そうかもな。俺は性質が悪い男だぜ。分かってんだろ、そんなこと。そういうお前も相当だぜ」
 すると、ヤツは胸を大きく上下させて息を吐いた。
「同罪、ですか。そうですね、そうかも。でも……それでも構わないって言ったら、あなたはなんて言うんでしょう」
「責められる立場には、ねえわな。なんだ、試してんのか」
「さあ? ……ねえ、もっと首、噛んでください。痕残しておいてくれたら、あなたがいなくても淋しくないと思うんです。だから、たくさんいろんなトコ噛んで欲しい。噛み痕だらけにして欲しい。そしたらその間は、俺はあなたのモノですから」
 こいつって、なんでこうもそそられるようなことばっか言うんだろうな。言葉選びが上手いというか、とにかく言葉もエロい。
 しかし何とかここは大人の余裕でこう言っておこう。
「痛ぇぞ。痕がつくまで噛まれると」
「それでもいいって言ったら、どうします? たくさんいろいろなものが欲しいんです。始さんから、もらいたい。強欲だって分かっていても……それでも止められない想いってあるんだなって、最近特に思います。あなたに関しては、いつだって貪欲でいたい。……いけませんか」
 こいつの言葉ってホント、ドストレートだよなあ。変にカッコつけてる自分がばかみたいに思えてくる。
 こんな素直に求められて動かない男がいたら見てみてえよ。
 目の前で反らされる真っ白な首、大きな喉仏。思わずごぐっと生唾を飲み込んでしまう。相変わらず、エロいぜ……! エロすぎる。この誘い方の色っぽいところは鳴戸仕込みか? いや、違うな。これは多分、天然でこいつの持ちモンだ。やらしいヤツ。でもそういうトコ、きらいじゃねえどころかすっげ、好み。清潔なようでいて実は淫乱っていいよなあ……それも、こいつくらい美形の上物の誘いだと思うと、興奮でのどが鳴って仕方ねえ。
 あっさりと欲望に負け、ゆっくりと喉仏に歯を当て徐々にあごに力を入れていく。
「うっ……っく」
 ヤツの苦しそうな声が聞こえたが、その声も充分な興奮材料だ。痛くてもいいと言ったのはこいつ。だから、甘んじて受け止めな、龍宝。その痛みも、快感も。
 さらに強く噛むと、ヤツの両腕が上がったのが分かりそれは俺の背に当てられ、ぐっと爪が皮膚に食い込む。そうか、同じ痛みをってヤツか。なるほど、それも悪くねえ。

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